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2009年4 月 8日 (水曜日)

新型セグウェイ「PUMA」プロト、やはりこの形に似ていた「人力車」









Japanese traditional PUMA
Human Power Transporter

PUMA 米セグウェイと米GMの共同プロジェクト発表会  セグウェイGM





「PUMA(プーマ、The Personal Urban Mobility and Accessibility)」がGMとSegwayから共同発表となったようだ。 「Project PUMA(Personal Urban Mobility and Accessibility)」



再建にかけるチャプター11直前の米GM社と、基本技術を活かしたい米Segway社側との意見がマッチしたプロジェクトとなった。

「PUMAは、リチウムイオン電池で駆動し、時速35マイル(約56km)で、1回の充電で最長35マイルの連続走行が可能」とコメントされている。

Engadged日本版によると
「今すぐにでも輸入して道路交通法違反で逮捕されたいという方のためにスペックを紹介すると、最高速度は約55km/hで、一度の充電で約55km走りま す。また、車両同士で連絡をとりあうことで事故や渋滞を防ぐ機能が搭載されているとのこと。それより先にやるべきことがあるだろうと思ってしまうのは頭が 古いからでしょうか。価格や発売日、そもそも発売するのかといった情報は不明です」とある。

個人的なスペック紹介ありがとうございます(笑)。

とにかく一度体験してみたいですね。今までのセグウェイのように、歩道を走るのか?車道を走るのか?という選択からすると、PUMAは、車道を走るということが前提でいうとポイントが明確で販売しやすいでしょう。

Segwayは、GMと組むことにより、GMの販売店ルートを活かすこともできる。GMにとっても再建のアイデアとしては小さな起爆剤となることだろう。

そして、戦略的な価格帯は100万円を切る事だろう。発売されたら米国よりも、実は日本向きの製品だと思う。

日本SGIさん(現:Segway Japan)が、暴利をとらなければ(米国で5,299ドルで売られているPT i2が円高にもかかわらず、93万5,000円。さらに保険料が年間約10万円)、日本でもその同等の価格帯で販売が可能だろう。

基本部分は二輪セグウェイと全く同じだが、座席ユニットをつける事により、乗っているというよりも、座席部分を浮かばせているような発想がユニークだ。なので、座席ユニット含めても、10,000ドル以内でおさまりそうな期待をこめた価格予測をしている。

また、「PUMA」は、あくまでも2輪にこだわったところが、小回りのできる電気自動車になったと思う。

さらに2人乗りという事で、会話しながらの走行は楽しくなると思う。サスペンション部分など、気になる要素はいっぱいあるが、日本向けには、ブレーキらしきガジェットを追加する必要があるだろう。

日本の道路車両運送法上では、制動装置、つまりブレーキがないと、公道を走れない。この古くさい基本的な部分の「車両」の解釈をかえないと自動車型であったとしても、道路車両運送法違反となってしまう。

それと、車両と法律で認められなければ、自賠責保険にも加盟できない。自賠責保険のない車両に乗るだけで罰金は30万円となってしまう。

これを機会に法律を見直してもいいだろう。幸いながら、横浜市では、特区としての動きもあるようだ

特区申請マニュアルはこちら

また、トヨタもインスパイアされて、2人乗り電気2輪自動車の開発をはじめたほうがよいだろう。

大義名分を通して、日本では、関係各所とノンビリやらなければ何事もうまくいかない。

その体質そのものをホントは、変えていかなければならない。

この発表があったから、1stSegwayのsegwayロゴの扱いについて、Segway本社からメールがきていたのか…。

http://www.1stsegway.jp/

2008年5 月15日 (木曜日)

セグウェイみたいなバイク Uno

The Uno カナダの18歳のベンジャミン・グラーク氏が開発している1輪に見える並列2輪バイク。
セグウェイ同様のジャイロセンサーを搭載し、電気で駆動するそうだ。

http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/worldnews.html?in_article_id=562726&in_page_id=1811
http://www.motorcyclemojo.com/articles/the-uno/
http://www.innovationcanada.ca/29/en/articles/gulak.html
http://web.mit.edu/newsoffice/2008/gulak-tt0514.html
http://www.goodcleantech.com/2008/04/uno_crazy_electric_unicycle_mo.php

2006年12 月26日 (火曜日)

PowerRiser どこでもトランポリン!



最近、TVの露出がふえてきた。
基本的に車輪がないので、道路車両運送法の適用外だろう。
人間の身体能力の拡張機能としてありかも。
日本でも1月中旬から出荷が始まるとのこと
http://www.poweriser.co.jp/
ちょっと試してみましょかね。いや、仕事です。遊びじゃなくって…

ブログでもいろいろと
http://blog.livedoor.jp/kotaro269/archives/8102590.html
http://blog.skatelovers.com/gaku/log/eid34.html

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2006年11 月 7日 (火曜日)

東京拘置所獄中記-5


たった3日間の出来事でしたが、一ヶ月以上に引っ張れるほど、
中身の濃い体験でした。週刊アスキーでも恥ずかしいイラスト入り
で4週のはずが6週目の連載となっています。

さてさて、封筒はりの仕事がまわってきたボクですが…。

「200番さんの仕事は"封筒はり"です」と言われた。
本当にこんな仕事なんだと納得しながら、初めてアルバイトをした時のような、
妙な緊張感を感じることができた。しかし、何よりも、「封筒はり」でも暇と
サヨナラできたことがうれしかった。

先輩の受刑者さんから、丁寧に封筒はりの方法を伝授される。先生という名の
看守さんは、後ろでボクたちを冷ややかに見守っているようだ。
しかしこれがなかなか難しいのだ。
たぶん、角2型封筒の原型を作っているのだが、おそらく紙厚は200kgは
ありそうで、こんな分厚い封筒はみたことがないほどだ。どこで使う封筒なんだ
ろうと、またまた疑問が沸いてくる。
紙は硬いし、折っていくポイントがなかなかわからない。しばらく、
先輩に見てもらいながら、OKをいただくようになってからはスムーズに封筒
が折れるようになった。しかし、ボクの段階は封筒を折っているだけで、とて
も封筒には見えなかった。そこには、オリガミのカブトの途中の段階が、積み
重なっていくだけだ。

ざっと封筒は300通あった。先輩に教えてもらったとおり、しばらくやっていた
が、単調なので、30分ほどで(正確な時間は時計がないのでわからない)さら
なる業務フローの改善とイノベーションによる「神田方式」で両手で一度に3毎
重ねでやってみたら、品質は変わらず、スピードは一気に3倍となった。

途中で進捗状況を確認にきた、先生と先輩は、ボクの仕事の速さに驚きを隠せず、
「おお、早いですね!」とホメてくれた。はじめてのおつかいで褒められた子供
のように、心の底から嬉しかった。異業種での業務で褒められたからでもある。
しかしだ。調子に乗って、早く仕事が終わると他の業務に昇格するかと思えば、
さらに300枚同じ封筒を持ってこられてしまった。

そのタバを見たときに、「ヤバイ!」と感じたが、もう遅い…。早く仕事をやっ
てしまったおかげで単純作業が2倍になっただけだ。こうなるとモチベーションは
1/4に下がり、調子に乗った自分を呪った。

途中に休憩がはいって、ラジオ体操などができるが、そんなラジオ体操など、
やる気分ではない。紙が手の脂を吸い込んで指先はだんだんガビガビになって
きた。ニベアもなければアトリックスもここにはない。こうなると、もう辛い
だけの仕事だ。ペースを落とせば時間は稼げるが、仕事はつまらない。ペースを
上げれば仕事量を増やされる。

この瞬間に神の啓示があった。これがきっと公務員の「お役所仕事」の起因では
ないだろうか?と。お役所仕事とは、怠けたいからではなく、システムがモチベーション
を継続できないので、自分が飽きずにそれ以上無駄なことがないところの損益分
岐点とのトレードオフで発生しているような気がした。

16時で終業のブザーがなった。1日の仕事が16時で終わってしまった。
仕事中は、お茶が配られたり、アイスもあり、バナナもあり、事務所で原稿と
取り組んでいる民間人よりも、拘置所の方がいい暮らしだと今も思い出すほどだ。

拘置所の独房にネットとPCがあれば、外出もできず、仕事にどれだけ専念できるか
と思うほどだ。

16時30分。夕食の時間だ。もう慣れたもので、洗いたてのアルマイトの弁当箱に、
味噌汁用のボウル、おかず用のボウルを並べ、正座して配膳を待つ。この瞬間だけは、
自分が「忠犬ハチ公」のような気分になる(笑)。

どっさりとテンコ盛りされた玄米に、じゃがいもとさやインゲンと豆腐の味噌汁。
鶏肉のケチャップソテーが配膳された。
鶏肉のケチャップ味がちょっと薄いのと、味噌汁にあともう少し、イリコ出汁が
効いていれば、「大戸屋」メニューに出せるところだ。

17時、食事のあとかたづけで終わり。

ラジオの時間で、ニュースを聞く。アテネオリンピックの話題で満載だった。
本来であれば、現地に取材に行っていたはずなのに、俺はどうしてこんなところで
不自由にラジオを聴いているのだ!?と怒りと疑問を哲学的に分析しながら、古き
アテネの哲人たちの想いをはせる。

しばらくして、先生が来て、心情の調査をかねて話をする。面会者リストを作るので、
面会に来る人の連絡先を書きなさいという。しかし、こちらには、歯ブラシとタオル
しかない。面会に来てほしい人のアドレスはすべて携帯電話の中にある。

それで事務所の元スタッフにお願いをしておいた名前を適当に書いて提出してみた。
彼女の名は「田中敏子」である。もちろん、実在はしない。
しかし経理担当用のメールアドレスで使用している。
便利なのは、田中あてに電話がかかってくるのはすべて経理関係のことだと瞬時に
わかる。KNN.comの社内では昔から「バーチャル田中さん」として通っている。
何かと便利だ。つまらない銀行からの電話も田中さんが留守として間接的に
直接フォローができる。

原稿のバックアップもCCでつけているので、よく田中さんってどんな人と聞かれるが、
この世に存在はしていない。他にもいろんなバーチャルメールアドレス社員がいるが、
サービスのクレームなどをする時にはさらに約立つ。

knn.comのドメイン名を持つ社員のCCをたくさんぶらさげて、クレームのメールを
入れるのだ。するとクレーム先の担当の対応が早いのだ。特に某ISPの態度は急変した。
たくさんの人も前で自社のサービスにクレームが付いているという心理的なプレッシャー
を相手に与えることができるからだ。
これは、クレーム以外にも使えるビジネステクニックとして実用新案にしたいほどだ。

話を戻そう…。

要するに、面会は、記憶にとどめておける人くらいしか来れないようにしているのだ。
こちらはこんな時もあろうかと思って、作戦どおり、家族でない、まったく他人の
ライターさんに面会に来ていただき、第一項をたった5分の面会時間で口答で伝えて、
blogに掲載することができた。

KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(1)
http://knn.typepad.com/knn/2004/08/knn.html
KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(2)
http://knn.typepad.com/knn/2004/08/knn2.html

拘置所のセキュリティレベルってこの程度のものなんだ。とハッキングした気分で
少し嬉しかった!

しかし、夜の18時から21時は魔の3時間である。独房では、本当に何もすることがない。
どれだけ雑居坊であれば、いろんな諸先輩方の人生をインタビューできるではないか!
また、一度こういう場所で世話になると、社会に復帰しても仕事がないので、組関係の
リクルーティングの場になっているとも聞いた。

罪を償いにきたのに、社会復帰できずに、組関係に流れていくというのでは、拘置
所に税金を注ぐというということは、悪事のために税金を使っているようなものでは
ないか?天下の公僕と「や」の世界を、マイケル・ムーアばりに暴くドキュメンタリー
は日本でもきっと受けるかもしれない。コンクリートで東京湾に埋められる前に一本
くらいはチャレンジしてみたいと思った。どうせ、いつかは死ぬのだから…ビクビク
とリストラや年金問題などの将来に不安を覚えながら、小さく生きるよりも、自分が
主演している映画の主人公としてふさわしい生き方の方をボクは選択したい。

地球の歴史は46億年前。人類はたったの15万年前年前。
地球から見ると、45億9985万年になってちょっと登場しただけの生物です。
http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/rika-b/htmls/age_of_earth/
また、地球の寿命は太陽とともにあと50億年ほど。地球も人間でいうと、
ようやく40歳になったところというところです。
これから老けていく地球に対して、ボクたちが恐竜と同じ道をたどらない
ように、慎重にケアしていく行き方も大事でしょう。

ましては人が人を裁くというのであれば、検察も裁判も、刑務所や拘置所が
1日いるとどんな気持ちになるか、拘置されて経験を体験して求刑すべきかと
覆います。それを前例では2年だったとかの人のモノサシで測るのではなく、
自分の体感時間でその長さを測っていてもいいのではと感じています。

7時30分になって、15分だけのお風呂タイムを知らせてもらった。
お風呂よりも独房から出られるのが嬉しい! しかし、お風呂もなんと、
独房風呂であった。しかし、キレイなお風呂だ。シースルーの大きなアルミ
サッシの窓があって着替えるスペースも看守の見守る廊下から丸見えだ。

まるで昔のラブホテル状態だった。そこから独房風呂にはいると、かなり
熱めでいい湯に入れた。シャンプーとボディソープがあり、シャワーで早め
に洗い流して、湯船に時間をかける。15分間しかお風呂に入れないなんて、
とても慌しい。まるでソー○ランドのようだ。…のように、ピピピとタイ
マー時間を教えてくれるのかと思ったが、やはり看守が「15分?!15分?!」
と、野太い声でお知らせたもうたのであった。

タオルで拭いて、サンダルでもどるとボクがシャツをズボンの上に出して
いたら、注意されて、ズボンの中に入れるようにと忠告された。とても
裸の大将の山下画伯のようないでたちなので、いやだったが、ここでは、
おとなしく山下画伯の姿になった。また、サンダルもかかとをペタペタ
いわさず、緊張させて歩くようにとの事だった…。ふぅ…。

お風呂が扱ったせいか、とても凍ったジョッキの生ビールを一気に!と
思ったが、当然そんなものはない。テレビもないパソコンもない。
音楽もラジオの時間が1時間だけだった。

「サラリーマン金太郎」の第1巻が回覧されてきた。ボクは活字と漫画を
むさぼり読んだ。あまりにも時間があるので、読み返した。まだ時間があ
るのでさらに読み返した。読むたびに本宮ひろし氏のロマンを感じる。
「俺の空」でなかったことを感謝したい。

ようやく待望の21時の変化がおきた。しかし、消灯である。とても眠れる
状態ではない。体も頭も疲れていないからだ。何よりも拘置所でつらいの
は電気を消されてしまうことだ。他の牢からは、豪快なイビキが聞こえて
きた。そのイビキはまた、別のイビキをいざなうように繰り返していく。

その日の夜は、イビキで寝むることができない自分の夢を見ていたようだ。
なぜか、3度も読んだサラリーマン金太郎の友達役でボクも出演していた。
感化されやすいヤツだ。

3日目の朝。7時のラジオのベルで目が覚めた。窓からは明かりが見えている。
クーラーが聞き過ぎて寒い…。ラジオでは真夏日で寝苦しい熱帯夜が続いたと
いうが、拘置所は南極のようだった。

7:05 「点呼!」 「おはようございます!200番神田敏晶!」で朝の仕事は
終わり。

7:30 朝食。とても動いてもいなくて、3食も食べないので苦痛だ。しかも朝から
パンではなく、鮭の切り身にモズクに納豆に、玄米。信じられないほど豪華な
朝定食だ。幕張プリンスのバイキングと勝負させたら拘置所が勝つかも知れない。

また午前中は暇でのんびりしていたら、先生から購買品目の説明があった。
部屋にあるマニュアルでは、日本語が英語の翻訳のようで意味がよくわからなかった。

購入するものは月曜日にマークシートに記入すると届くのは木曜日であるという。
もちろん土日は休みだ。いつでも申し込めるのではなく、申し込み日も文房具は
木曜日にしか申し込めず、届くのは翌週の火曜日だ。ボクがいる間には、ノートも
ボールペンも届かないではないか。これはきっと計画性を持って生活を強いるための
システムだったと思った。

そして、その後、先生の口から恐ろしい言葉を聴いてしまった。「月曜日から盆休み
になります。労役はありません」という。
頭の中が真っ白になってしまった。ヒマつぶしとなる労役が盆休みでなくなるという。
一週間の滞在にして、雑居坊での出来事を取材して…と描いていたが、この生活であと
の日々をすごすのはボクには辛すぎる。30分も黙っていることができない性格がたたられる。

その日の面会に来た、バーチャル田中さんに、リングにタオルを投げてもらうことを
お願いした。リングを去る理由は「お盆休みに負けたから」だった。

お昼を食べた後、その日でお盆前の最後の封筒はりをして、お盆休みまでに出所できな
かったらと思いながらいると、荷物を持ってきなさいと別の先生に言われた。
思わず、「出所ですか?」と聞くと、「わからん」といいながら、ダースベーダーの
要塞を歩いていく。途中何人かの先輩と合流しながら、エレベーターに向かう。なかなか
の遠出だ! 散歩に連れて行ってもらえる犬の気持ちがよくわかる。

到着は、初日に来たロビーである。桑田と長門のあわせた先生もいた。「出所」を確認した。
時計を久しぶりに見た。13時17分ほどであった。時を知ることの喜びに浸りながら、出所準備
をすることとなった。

本日の出所組はボクをあわせて4人。ボク以外の3人は20代中盤という感じ。会話ができないので
彼の持ってきた膨大な手紙の束を見て、その年月をうかがい知る。取材感覚で来ていることを
初めて申し訳ないと感じた。3人はかなり先生に忠実であり、ボクが一番反抗的であったかも
しれない。「ES」という新聞広告で集められた被験者を「看守役」と「囚人役」に分け、
模擬刑務所で生活をさせるドイツ映画があったが、まさにそのロールプレイングの状態が
東京拘置所でも成立している。

公務員であるだけの看守の先生のお言葉はなぜか「絶対的服従」をいつも強いている。
なんらかの理由で服役しているボクらの「辞書」からは、「反抗」という言葉は破り
すてられていた。「人権」がどうのこうのではない、最初から「人権」なんてページは
辞書に載っていなかった。

結果としてたったの3日間だったけれど、どうしてあんなにエラぶりたいのか、不思議
である。犯罪者だからか?しかし、あなたがそれに対して、エラくなったり、横柄に
振舞う権利はないとボクは思った。自暴自棄になって暴れたい気持ちもあるが、良識な
市民として、大人として、この実情をなんらかの形で社会に問いかけたいと感じた。

狭い、ロッカールームに入れられ、1時間も待たされる。「俺たちに人権はない。」
トイレに行くのも、いやいや対応される。用意ができてから独房から呼び出せばいい
と思ったが、彼らにはそんな道理は通じない。ボクたちは犯罪者なんだから。

ゴザの上に3日前の衣服やカバンが戻ってきた。シャツを着て、ズボンをはいていく
うちに、元の自分に魂が変身していくのがわかる。ようやく着替え終わると、悲壮感
のある自分ではなく、強い自分を取り戻した。

最後の先生に、出所後の予定を聞かれる。「会社に戻ります」というと、「会社で
仲良くしてもらえるか?」とやさしい言葉で聞かれた。ちょっと嬉しかった。
「自分の経営している会社なので」と答えるとニコっとしていた。人生イロイロ、
看守もイロイロだ。「電車賃はあるか?」「宿はあるか?」と他の3人にも聞いている。
まるで「砂の器」の巡査さんだ。

私服になった4人は厳重な出口のゲートをひとつづつ、超えていく。ボクはなんだか、
「ひとーつ」、「ふたーつ」、「みっつー」と数えていた。人間として生まれ変わる
門が開いていくような気分だった。

面会ロビーには、たくさんの家族がボクたちを待ち受けていた。待っていた家族は、まるで
拉致家族が開放されたかのうように、ボク以外の3人につめかけて、「ご苦労さんやったねー」
「あんじょうしてた?」「お疲れお疲れ」と銘々に声をかけている。

密かに、出所仲間として、携帯で記念写真を撮ろうと思っていたが、良心が停めた。

一歩、外に出ると、すでに17:00すぎなのに、灼熱地獄だった。まるで東京拘置所の
中は、別世界のようだった。工事中の階段を超えてから、差し入れの雑誌が届いてい
なかった事を電話で確認でき、差し入れの雑誌を拘置所のロビーに取りにもどった。
案の定、待たされる。待たされる。

待たされている間に、なぜか気持ちが妙にのど元にひっかかることに気がついた。
17時で業務が終わりだったのに、新たな案件がきたので、如実にいやな対応だ。
「ここで待て」「すぐに来るから」「誰が届けた?」「先生に聞いたか?」と出所して
いるにもかかわらず、まだ犯罪者扱いされている。というか言葉が卑下している。

それが服役を終えて、すべてを白紙にもどした人間に対する態度なのか?
また、差し入れをしかるべき場所に迅速にデリバリーできなかった組織人が言うべき
セリフだろうか?

一番若手の看守に
「出所してもまだそのような口の聞き方をされるんでしょうか?」と他の看守にも
聞こえるように、聞いてみた。
3人の看守すべての言葉使いが一斉に替わった。
少し、小気味よかったが、すぐに、なぜ、普通にしゃべれる人たちが、あえて卑下する
ようしゃべるように教育されているのか、その組織に問題があるかと感じた。

やはり時間外で対応できず、後日送付するということで話をつけた。
3人の看守は、「おつかれさまでした」と今度は銘々が丁寧にお辞儀をしてくれた。
百貨店の閉店後によく見られる、丁寧なんだが、心のこもっていないお辞儀だった。

最寄の小菅駅に着いた。
電車に乗ると、窓には、夕日に照らされる東京拘置所がそこにいた。
ボクの夏が終わった。
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出過ぎた釘は、打ちにくい。

カンファレンスの打ち上げで、なぜか?東京拘置所話になっているところです。
さっそくYouTubeでアップしていただいておりました。
かなり酔っ払っておりますが…。

ちなみに、Googleで「東京拘置所」で検索すると、東京拘置所よりも前にボクの獄中記が登場します。警察は見せしめのつもりだったと思うのですが、やっかいな奴を見せしめにしてしまったようです。 出過ぎた釘は打ったら曲がるので、実はうちにくかったんですよね。

ちなみにこちらが、一連のSegway関連のカテゴリーです。
http://knn.typepad.com/knn/segway/index.html

Blogでセグウェイ返してくださいキャンペーンなど
http://knn.typepad.com/knn/2004/06/post_2.html

YouTubeによる宴会モードでの東京拘置所レポート

fumiさん撮影です。かなり酔っ払ってますね。
http://www.youtube.com/watch?v=xy6LO00cvEU

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2004年9 月19日 (日曜日)

東京拘置所獄中記-4

Google

●暇がこれほどまでにつらいなんて…

また、いつになったら仕事ができるんだろう。ボクは拘置所に遊びにきたのではなく、労役しにきたんだぞ! と声を大にして言いたい。給食係は意外に楽しそうだ。拘置所内には他にもいろんなところで、労役をしている先輩たちがいる。なんだか、「猿の惑星」で働く人間のようだ。手術をされて猿に反抗できない人間に成り下がってしまっているんだけどネ。

「ワニ分署」などで見た世界とはかなりちがう。ここもひとつの社会としてモメ事ひとつ起きていない社会だった。それにしてもなぜ、雑居房に入れなかったのだろうか? モーホーさんに狙われるからか? もしくはそっち系に思われたのか? まあ、ケーシー先生が来たら聞いてみよう…と思った時にアイデアがひらめいた! そうだ! ブザーで呼べばいいんだ。部屋には万一の時に呼ぶブザーが設置されてあった。用事がある時に使うそうだ。

しかし、そんな質問くらいで簡単にブザーをすると、ケーシーは、ユナイテッド航空のフライトアテンダントよりもイヤーな態度をされそうなので、お願いした「使い捨てのコンタクトレンズ」を使いたいんですがという質問を追加して、ボクはブザーを押した。鳴ったかどうかがわからないので、5回くらい押してみた。

そんなことをして遊んでいても、一向に時は経ってくれない。今は何時なんだろう…。暇だなあ。パソコンとネットがあればここは旅館以上に幸せかもと思った。規則正しい人間ドックホテルにしてもいいかなあ。もしくは禅を習得で
きるとか、拘置所+αのビジネスモデルを考えていく。ギターがあれば上手になるだろうなあとも思った。

すると体感時間30分ほどで、ケーシーがやってきた。ケーシーの顔には、「お前ごときが俺様を呼び出しやがって」という文字がモリサワの見出しゴシックほどの大きさで書かれていて、「なんのようだ? カンダ!」という。そこで空気を読み取り、ボクは、質問の順番を突然変えた。

「あのう…ですね。お願いしていました。使いすてのコンタクトレンズを…」と言うと、ケーシーは自分の非を認め、「ああ、そうか、そうか、目が見えないんだ…。すぐにもってきてやるからな!」といい、ゆさゆさと体をゆらして
いってしまった。「なぜ独房か?」というケーシーにとってどうでもいいような質問はそれからにした…。本当はそちらのほうが大事なんだが。毎日とりかえていないけど、こういう時には、ワンデイアキュビューはブザーのいい口実となった。

しかし、それからしばらくしてもケーシーは帰ってこなかった。多分、ケーシーは何かの目的で動いていても、他の用事が入ると、その目的を見失ってしまうタイプのような人間だった。それはそれでいい、暇で死にそうな時にブザーを押す権利を僕はゲットしたのだから…。

それにしても暇がこれほどまでにつらいなんて…。たっぷり寝ているので寝ることすらできない。仕事がしたいと願った瞬間。優しい先輩が、仕事の先輩と刑務官を連れてきた。

「200番さん、これから仕事の説明をします」と台本を読まされるような説明をしはじめた。はじめてドアの鍵があけられた。「脱走するなら今だ!」と思ったが、ダースベイダー卿の要塞のようなところなので、すぐにあきらめた。

「小机をこちらに向けて」と言われて向けると、どさっと紙の束が渡された。
「200番さんの仕事は"封筒はり"です」と言われた。

本当にこんな仕事なんだと納得しながら、初めてアルバイトをした時のような、妙な緊張感を感じることができた。しかし、何よりも、「封筒はり」でも暇とサヨナラできたことがうれしかった。

次回へつづく…。

東京拘置所獄中記-5

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東京拘置所獄中記-3-

Google

読者の皆様、この獄中記ですが、誤解がないようにお伝えしますが、すでにボクは出所しておりますので、ご心配なく。面会にいらしてもいませんのでご注意ください。お気持ちだけいただいておきます。ありがとうございます。

堀の中は、タオルと歯ブラシしかないので、すべて記憶で書いております。また、この獄中記と共に、セグウェイ事件の全貌が先週の「週刊アスキー(毎週火曜日発売)」から4週連続で連載されていますので、そちらでは写真とイラストつきでお楽しみください! 毎週月曜日発行の日刊デジクリの方が展開は早いので、待ちきれない方は、メルマガと週刊誌での「獄中記」をどうぞ!

ここは北京の安ホテルと思えばいいんだ

さてさて、今週の「東京拘置所獄中記-3」は、二日目の最初の朝のお話です。
なんだか「冬のソナタ」ならぬ、「塀のカナタ」にしてもよかったかな?

ボクはふだんはベッドで寝ている。畳の上で寝るのは旅行の時くらいだ。冷房完備の東京拘置所の独房は、畳のいい香りにつつまれて敷き布団とシーツと上掛布団で眠りに包まれていた。

朝は7時にラジオで起床の挨拶が流れるという。その5分後に着替えて座り、刑務官の点呼に応じるというところまでは前日に、ケーシー高峰な「先生」に教わった。独房だったので、いびきや歯ぎしりで文句を言われることもなく、旅
館に泊まっているかのような寝心地だった。さらに畳が、低反発する心地よい寝心地を楽しんでいたが、突然その静寂は打ち破られた。

「起きろ! 起きろ! 200番! カンダトシアキ!」とドンドンとドアをたたく。いきなり温泉旅館に無礼者がやってきたような気分だ…。超低血圧でテンションが低い朝のボクの反応は、刑務官を満足させなかったようだ。

「いつまで寝てるんだ〜! ラジオで起きろ〜!」とドヤされる。前と前右、前左の独房の人も興味本位で覗き込んでいる。どうやらボク前の独房は三部屋とも外国人のようだ。

突然、刑務官が、「すまんすまん、ラジオのスイッチを入れてなかったかぁ…」とボクに謝っているようだ。頭が徐々に動きだしてきたが、まだ意識が鈍い…。
いつもなら、この鈍さを楽しみながら、タリーズコーヒーのダッチマンズブレンドを6、ミルクを4のラテが、ボクを睡眠界から人間界へ誘ってくれるはずだった。

しかし、ココではそんなブツはない。「今、点呼なので、名前と番号をいって」と刑務官にバツが悪そうに言われた。「200番 神田敏晶です!」といきおいよく言ったつもりだが、声が裏返ってしまって、ちょっとこちらもバツが悪かった。

「すぐに朝飯がくるから、ふとんをノートに書いてあるようにたたんで、小机を出して待っていなさい」といって隣の部屋の点呼を取った。「201番 アダブカダブラ(?)…」「202番 サイモン○△□×□ 」どうやらこの房は、外国
人だらけのようだった。

「"いよいよ朝ご飯だ! "」
なぜかコーヒーが飲めなく、覚醒していなかったが、TVも何もなく、そしてすることがない。ほんの数分の"す"が耐えられないほどの暇な時間だ。朝ご飯を食べたいのではなく、部屋に変化が訪れることが待ち遠しかった。

ガラガラと数人が食事を運んでくる。本当に旅館にいる気分だ。ホテルでも朝食は、バイキングという名の自分で取りに行かされる労働を強いられるのに、ここではデリバリーのまかない付きだ。ちょっと、愛想とサービス精神に欠如
しているが、北京のサービスだと思えば許せる。そうだ。ここは北京の安ホテルと思えばいいんだ。

独房には、外から鍵が掛けられた引き戸があり、その横にB4サイズほどの窓とA5サイズの物を置けるスペースがある。どうやって受け取るのかわからなかったが、ドアにかけられた「新入」の文字を見てかどうかはわからないが、給食を届ける53番のやさしそうな先輩(年は20代前半かな)が教えてくれた。

「最初にご飯用の食器をお願いします」「あっはいはい」といって黄金色のアルマイトの食器を差し出した。テキパキと受け取って、ご飯をよそってくれて受け取る。「あちち!」。まさかこんなホカホカとは思わなかったのでビックリした。「次はおかず用のまるい皿をお願いします」「はい」。みそ汁がこれでもかというほど、なみなみと注がれる。

さらに優しい先輩は、具も追加してくれた。さらに、納豆とのりが最後に登場してきた。そして、もう一皿と合図されて期待して出すと、それには、醤油がたっぷりと注がれただけだった。ちょっとがっかり…。

しかしである。これはヘルシーの玄米ご飯定食で「ザ・めし家」や「大戸屋」あたりでは、390円はするだろう。卵があればさらによかったのだが…。納豆パックにはカラシ付きで醤油とまぜて、玄米ご飯に海苔をのせて食べる…。「う、まいう〜!」と古いギャグが出そうなくらい美味かった。難をいえば醤油がちょっと合成っぽかったが、これを100%大豆にすれば、旅館としても立派になりたつかもしれないと思った。

部屋に時計がないので時間はわからないが、7時10分が朝食なので、7時30分くらいだろう。また、することがなくなってしまった。そうだ、食事はもっとゆっくりと食べないと、することがなくなってしまうことに気づいた。だから、食器は丁寧にゆっくりとゆっくりと洗った。

少し便意を催したが、外をバタバタ刑務官がうろついているのと、ついたてで局部は隠されているが、胸から上がまる見えなので、あとにすることにした。
やはり小の時もなぜか、外の気配を感じながら、人気がない時に用を足すようになっていた。自分が、なぜか気の弱い小動物になったような気がする。

自分のアイデンディティーがあるものが、タオルと歯ブラシだけなのはつらい。今まで自分を演出するモノにあふれて生活するだけに。歯ブラシひとつになった時に、どれだけ自分を維持できるかという事態は初めての経験であった。しかも自分の歯磨きは預けて、部屋にある歯磨き粉で磨くのだ。味がなんだか妙だが、なかなか自然な磨き心地だ。

今は、8時頃だろうが、労役は、まだかとずっと待ち続ける。本当に何もすることがないので、1分が30分くらいに感じる。ノートもペンもないので、この中の出来事をどれだけ記憶にとどめることができるのかと不安に感じる。

すると、しばらくしてから、ラジオ体操の時間だという。第一だ!。運動するつもりがなかったので、ねそべってリズムだけを足で刻む。それも退屈なので、ウラで拍子をシンコペしたりしたりするが、あまりそれ向きの曲ではない。仕方なしに体操に参加しようとしたら、突然終わってしまった。あらら、ついてない。

その後、ラジオというよりも、拘置所内放送からNHKのニュースが流れる。アテネオリンピックの結果が伝わってくる。「谷選手、金!」でアナウンサーも嬉しそう! しかし、なんで俺はこんなところで金メダルのニュースを聞いているんだろうと思った。「たかがセグウェイ、されどセグウェイ byかんだとしあき」みたいな気分だ。

ラジオは次に音楽となってきた。いくつか流れたが、アニマルズの「朝日のあたる家」がお気に入りのチューンだ。独房の窓を眺めると、さらに外にくもりガラスサッシがあり、直接太陽は見えない。しかし、朝日を感じることができた。まるで、刑務所映画のオープニングのように、アニマルズのサウンドが心にしみいる。

しばらくすると、新聞が回覧されてきた。何時かわからないが、15分後にブザーを押して、次にまわすこと…といわれる。「15分ってどうやってはかればいいんですか?」と、あわよくば時計を借りたい趣旨の質問をすると。「だいたいで、いい」という。うーん。だいたいだなんて…。

読売新聞が回覧される理由が知りたいなあ。朝日や毎日や日経でなく、読売を取らないといけない理由が拘置所にあれば、癒着かなとか、いつものように身勝手な推理ゲームで楽しむ。

新聞があってよかった…。その後、ブザーを押して新聞を返した。また、暇な時間がやってきた。返すのではなかったと少し後悔する。怒られてもいいので、人にかまってほしいゾ!。

地獄のような退屈な時間を過ごすと、昼食の時間だという。とても食べきれないけど、やはり変化が部屋に訪れることがうれしかった。そういえば、美味しかった朝食も量が多かったので、今度は少なめにしてみよう。

お昼ご飯が届いた。旅館ごっこもそろそろ飽きてきたゾ。「すいません、ご飯は半分でいいです」というと、優しい先輩は、「規則で全員同じ量です。半分はできません。残してください」と言われる。なんと残してもいいと、国営の
施設が税金でまかなっているとは思えない無駄を発見してしまった。普通、ご飯は少なめにして、犯罪者には反省させるべきだと思うのだが…。拘置所にいると、絶対に太ってしまうぞ。栄養もバランスもばつぐんで…。

お味噌汁は朝と同じ味付けだが、ジャガイモと油アゲとタマネギとなんと三品も入っている。自分で作るみそ汁でもこんなに三品もいれていないから嬉しい。
お昼はパスタ…というよりも、古い喫茶店の「ナポリタン」だ。うわー、嫌いなケチャップたっぷり、アルデンテの反対の麺。しかもお決まりのグリーンピース。…と思ったらもう一品。鶏肉のピカタのご登場である。すごい豪華!
お昼でメインが二品もあるではないか? ひなびた喫茶店では780円ランチバリューだ。夜はどんなフルコースディナーが登場するのか、あまり食べずに残してダイエットしておくことを決めた。

しかし、食後のあとにコーヒーがないのがとてもつらい。コーヒーがないだけで、これだけつらいので、タバコを吸う人はきっと死んでしまうだろう。夜になるとビールが飲みたくなりそうな自分が怖い。

次号へつづく…。

東京拘置所獄中記-1-

東京拘置所獄中記-2-

東京拘置所獄中記-3-

東京拘置所獄中記-4-

2004年9 月 7日 (火曜日)

収監アスキーにて連載決定!


本日発売の週刊アスキーより、このblogで掲載しているセグウェイの話が連載となりました。

特に東京拘置所の収監話などもイラストつきで登場する予定です。
blogに発表することによって、押収品も戻ってくるし、連載も決まるし、いいことだらけ。


東京拘置所獄中記-2-

<9時間も寝られるんだと思うと嬉しかった>

●今日からボクは200番

拘置所の中に入れられると、薄暗い廊下を抜け、すると、これでもかというほど蛍光灯で白く輝くホールに通された。まぶしいくらいに何もかも白い。あちらこちらに白線がひかれている。その白線に進めといわれ、ヒゲ宇佐美の後にボクは続いた……。ボクは「時計じかけのオレンジ」のマルコムのような気分でその白線の前で急停止した。

空港の入国審査のような白い台の上から命令が落ちて来る。銭湯の番台のような高い位置からだ。「カンダトシアキ! マエエ!」とやたらテンションの高い声が響く……。まるで映画のようだと思いながら、冷めた態度で前に進む。売れない役者さんかと思うほどの高いテンションでの質問が始まった

質問は住所・氏名の確認と進んでいく。この段階で、罪状よりも何日間ここに拘置されるのかが重要であり、態度はあくまでも横柄で、無駄口をたたく余裕がまったくない。

完全にこちらは見下された「犯罪者」である。やはり名前がはじめての人に呼び捨てにされるのはツライ感じだ。ボクのことを「カンダ」と呼び捨てする人はよほど親しい先輩や、学生時代の知人くらいだ。それを今はじめて会った役者のようなおっさんに呼び捨てにされてしまうのは萎えてしまう。

質問はさらに続く。「カンダ! 同性愛は?」「ありません」「性病は?」「ありません」「水虫は? インキンタムシは?」とまるで、羞恥プレイが続
く。さらに「タマイレはどうだ?」と聞かた……。はぃん?「タマイレ?」

そんな専門用語は知らないので「何ですか? ソレ」と聞くと、「サオに真珠とか入れていないか?」といわれた。こんなマジな顔でこんなことを聞くんだと思いながら、ウける答えが頭に浮かんだが「ありません」と答えた。冗談が通じそうにない人だったからだ。

それが終わると隣の写真のブースに移された。アゴをおくところを指定されて、写真を撮られる。オリンパスのデジカメだった。その後、持ち物を預けるためにロッカーに案内されたと思った。荷物を入れるのかと思うと、荷物を前において、自分がはいるのだ。まるで「エルム街の悪夢」のフレディから逃げるためにロッカーに身を潜めるかのように広めのロッカーに自分がはいって、持ち物チェックするまでの間、ここで待たされるのだ。

「カンダトシアキ!」。ロッカーで待たされていたが、名前を呼ばれて、ドアを開けて出る。今度は、荷物の置かれたゴザの前に座らされる。正座でなくて足をくずしていいといわれ。「今日からオマエは200番だ。覚えておきなさい」といわれる。キリ番で少し嬉しかった!

預ける荷物をひとつずつPCに入力していく。WindowsNT Workstationで入力している。この東京拘置所は昨年、改装されて現在もなおも改装中である。ピッカピッカの拘置所だ。そういえば冷房も効いており、外よりもすごしやすい。新宿のホームレスの人にオススメしてあげたいくらいだ。

俳優の長門裕之と歌手の桑田佳祐を足して2で割った刑務官は、ボクのiPodを「音楽レコード」と記入し、プレスパスケースを「名札いれ」と打ち込んで、プリントアウトしたものに左手のひとさし指を押させて確認させる。東京拘置所の中では、クレジットカードもサインもいらずで、左手のひとさし指の押印のみで何でも事は進む。

次のステージへ進んだ。今度は着替えだ。シマシマの囚人服ではなく、茶色のだぶだぶのシャツとズボンと白いランニングシャツと薄黄色いパンツが渡される。これに全部着替えろと言われ、ホールのど真ん中で着替える。

茶色のだぶだぶは、三宅イッセイのデザインにも見えるし、アルマーニにも見えたが、薄黄色のパンツは、なんと色ではなく白が黄色になっていただけであった……。

荷物をすべて預けると、この時点でボクの持ち物の私物は、タオルとハブラシ一本のみとなった。なんだか自分でなくなったようだ。

そしてさらに次のステージへ…。すごくシステマチックだ。台に乗るだけで身長と体重が同時に検査され、レントゲンを撮影し、視力を検査する。なかなかいいシステムだ。この時点で病気のある人は発見されるわけだ。奥の部屋へ通され、パンツを脱げといわれる。

「パンツを脱いで皮をしっかりむいてこちらへ見せろ」という。また羞恥プレイが始まった。「後ろにむいて前かがみになって肛門をしっかりと開く!」。

げげー、そんな格好したくないぞ。股間の間から刑務官の視線を感じながら、その場で静止状態。やはり映画の世界は本当だった。

●看守がセグウェイで見回るのはどうか

それらの検査が終わると、今度は、食事が登場した。時間は時計がないのでわからなかったが21時前であったようだ。ざるそばかと思ったが、麺と袋入りの冷えた出汁であった。それにアルマイトにはいった麦飯と味噌汁を持って、部屋へと案内される。

ホールから出ると、「扉の前では、必ず壁の横の白線に足をのせ、壁に向かって15センチまで顔を近づけろ」といわれる。エレベーターに乗るときも白線に沿って壁に密着して待たされる。

エレベーターを出ると、巨大な要塞が広がる。ダースベーダー卿のテーマソングが頭の中に鳴り響く……。それにしても誰もいないのに冷房がギンギンにきいている。夏なのに寒いくらいだ。

7Fに到着する。ここからのドアはすべて、看守の腰の鍵と看守の指紋が認証しないと扉が開かない。ハイテク満載だ! 脱走はとても難しそうだ。いよいよ独房が見えてきた。まるで「羊たちの沈黙」のレクター博士のいる回廊だ。ちょっとピカピカすぎるが……。

中で寝ている人や本を読んでいる人がいる。外国人が半分くらいいるようだ。そういえばオウム真理教の松本被告もここには、いるはずだ。ここで会えれば出所してからもおもしろい記事がかけそうだ。そう思いながら、独房をキョロキョロのぞきながら歩いていると、すると突然「前をむいて、横を見るな!」と怒られる。短気な人が多い業界だ。

どこまで独房が続くのかと思いながら、雑居房でのマナーを考える。インタビューとかしてると楽しそうだが、ワケありな人たちだから気をつけるべきだろう。また、新入りなので、最初にどのように挨拶をすればいいかな? と考えているうちに、「200番、新入り」と書かれた部屋に着き、そこに入れと言われる。

スリッパをそのままはいろうとすると、「スリッパをそろえて表のスリッパ立てにたてろ」といわれる。なるほど、スリッパがあるかどうかで中にいるかどうかがわかる仕組みだ。なかなかかしこいなあ。しかしだ。この部屋は畳が横に三枚並べられただけの独房ではないか?

「独房なんですか?」と質問すると「そういう質問は担当の先生にしなさい」
といわれる。「21時に消灯なので、食事をして待っていなさい。部屋のルールはそのパンフレットをよく読んでおくように、いいな!」といってボクの200号の部屋にカギをかけて、どこかへ行ってしまった。ドアを早速チェックしたら、カギがかかって中から開けられない。締め出しではなく、締め入れ状態だ。

冷めたソバを食べだした。ネギもあり、油揚げもあり、下手なインスタントものよりも美味しかった。麦メシもコシがのこっていて好きな味である。食器が黄色の薄いプラスチックであるが、これが瀬戸物だともっと美味しくいただけるだろう。

三畳の部屋の奥には一畳分の水洗トイレと流しがついている。トイレはむきだしだが、ついたてがあるので、あまり気にならない。タタミも新しく、イグサのいい香りまである。まもなく、消灯ということで担当の先生というおっさんがやってきた。ケーシー高峰を怖くした感じの人だった。

ケーシーは、簡単に独房のルールを説明し、拘置期間を聞かれたので、一週間と答えると、「なんだ一週間ぽっちか」といい。「何したんだ?」というので「セグウェイに乗りました」というと興味なさそうだった。

あと、5分で消灯なので、トイレの流し用に水を汲んで、歯を磨いて、布団をこのパンフレットのように敷いて今日は寝る! いいか?」といわれて有無もいえず「はい」と答えたようと思ったけど、なんだかしゃくなので、「押忍!」と答えた。これはいいようだ。ちょっと嬉しかった。しかし、水は21時以降すべて断水されている。タバコはすわないけど、ビールがムショウに飲みたかった……。

唯一の持ち物が「ハブラシ一本とタオル一枚」。あとで記憶にとどめようにも書くものすらない……。なんともいいようのない絶望感で一杯の夜を迎える。

21時になり、消灯がはじまった。いきなり暗くなるわけでもなく、パンフレットどおりに指定された角度で寝ようとしていたら、見回りの「パタッパタッパタッ」という靴の音が廊下の向こうからだんだん大きくなる。見回りの音はすぐにボクの頭脳の記憶中枢にインプットされた。この長い廊下では、セグウェイで見回るという方法はありかと思った。出所したら早速、営業してみよう!

一時間(多分)ほどすると徐々に暗くなり、暗闇になっていった。部屋にも時計がなく、時間の感覚がない。朝は7時起きだというが、9時間も寝られるんだと思うと嬉しかった。寒いくらいの空調の音に、用意された薄めの佐川急便風のシマシマパジャマに着替えてゆっくり寝た。ベッドでなく薄い布団だが、イグサの香りに包まれ、背筋が伸びて気持ちいい。なかなか快適な第一日目であった。時おり聞こえる、「パタッパタッパタッ」が大きくなって、小さくなる音を聞きながら、これからの一週間がどうなるのかと期待と不安の新しい経験が始まった。

次号へつづく…。

東京拘置所獄中記-1-

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2004年8 月13日 (金曜日)

拘置所より出所しました!

KNN神田です。

2004年08月10日から東京拘置所に収監され、8月12日、3日間の拘置所生活を終え、シャバに戻りました!

収監中はいろいろとご心配をおかけしてすみません。
よき伴侶を亡くした上、愚息の行動を黙認してくれた父にもあらためて感謝いたします。

本日より、東京拘置所はお盆休み(8/18)ということで、このまま来週まで収監されていても意味がないので、早めにセグウェイの罰金50万円の不足分を検察庁の徴収課に支払い、出所の手続きをおこないました。(当初は一週間の予定でしたが…)

拘置所という、名前は知っているけど、誰もがよく知らない、この塀の中の実態をレポートをおこないたいと思います。

「セグウェイで道路を走っただけで、牢獄にぶち込まれた時代」が、ここにあったことを歴史的に証明するつもりです。

きっと未来の笑い話になるかと思いますが…。

海外メディアに手記をプレゼンテーションして、オバカな日本をアピールしたいと思います。
日本のメディアの人もご興味があれば連絡ください。
info@knn.com あてで サブジェクトに 「セグウェイで私を牢獄へ連れてって」 とお書きください。

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2004年8 月12日 (木曜日)

KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(2)

昨日に引き続き、実況レポート(代筆)です。昨日のレポートがうまくアップされておらず、本日になってしまってすみませんでした。

本日の師曰く…(たったの6分間の面会時間でしゃべり続けられメモをするのが大変です…)昨日の倍のスピード!

「やはりいままでの警察や検察とちがい、ここでは”単なる一受刑者”扱い。ただ、”新入り”なので、仕事も規則も真剣に教えてもらえなくて、何もすることがなく、仕事を早く終えてしまって死ぬほどヒマでつらい。

サボりたい人には最高の環境。しかし、サメ型人間(いつも泳いでいないと死んでしまう人のことらしい…)には、一時もつらい。

特に夕方から深夜にかけての独房は世界が終わってしまった日のよう。

隣でメモしているヒトもいるので、あまり詳しくは喋られないが、いろんなところにいっぱい税金が投入されていることがわかった。

今日のラジオでは、「カリフォルニアドリーミング」と「ワイルドで行こう!」がお気に入り!(ビックリマークをつけてほしいとのこと(笑)。

新聞は「読売新聞」のみ。なんでだろう?。
15分で回覧せよといわれても時計がないので、30分近く読んで急かされる。

何かと「受刑者」という立場を自覚させようとされる。まん前の独房も外国人。となりも外国人。しかし、会話はできない。

一日これだけしゃべれないのはとてもつらい。また、明日からお盆で8/18まで受刑者も休みとなってしまうのでこれ以上、ここにいても得られるものは何もない。だから保釈金(罰金の残り)を払って釈放手続きしてください」との事です。(面会によりメッセージを代筆)。


秘書、田中のインプレッション「昨日よりも、囚人服(?)がフィットしてきたご様子です。ヒゲがのびてこられて、ヒマが大苦痛とのこと。もう取材ネタは終了なので、頼むから出してくれと本当につらそうでした。本日検察庁にて指定どおり、不服ながらもというメッセージを添えて罰金の残りを徴収課で支払ってきました。本日もしくは遅くても明日の早朝には出所できるとの事。お早いお勤め終了を期待しております。
田中

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KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(1)

KNN神田さん、セグウェイの公道走行においての罰金支払いに納得がいかないために、8/10(火曜日)、東京拘置所の労役場での労働を命ぜられ、7日間、8月16(月曜日)まで東京拘置所に収監されておられます。当blogはしばらく、代打として田中敏子が担当させていただきます。よろしくお願いいたします。

収監された神田氏のコメントをアップさせていただきます。

「冷房完備、まるで軽井沢のような快適さ。自宅より広い風呂もあり実に快適。無愛想なまかないの人がおり(笑)、上げ膳据え膳。唯一難点は、部屋に時計がないこと。退屈!今のところ何もすることはない」としゃべりたおされました(面会によりメッセージを代筆)。

秘書、田中のインプレッション
「しましま」の囚人服に手錠で面会にあらわれたら、どうしようと思っていましたが、意外に普通のいでたちでした。こげ茶のかたそうな綿の半そで開襟シャツにハーフパンツです。
いつものように、元気ハツラツでしたが、退屈が天敵のご様子で雑誌を規定の3冊まで(1日あたり)差し入れてきました。

【本日差し入れの逸品】
「NewsWeek」「Sapio」「yoriuri Weekly」(ご所望の収監アスキー(謎)は、売り切れ)」

明日もまた面会に行ってまいります。
何か質問があればコメントくださいませ。
午前中までにできれば…

今回の面会なのですが…
一応、親族しか面会できない規定ですが、事前にそれは神田さんが、blogアップ用に記事をアップするために私を親族扱いにうまく「偽装」(笑)されたようです。

拘置所のセキュリティの甘さを問いたかったようですが、そんな危ないことをしてまでも…。バレてムチうちにならなければと思いますが、それもまた、もどってきてからネタにされることでしょう。

しかし、こちらまでドキドキでハラハラしました。看守さんもとても怖かったです。帰ったら、必ずご馳走してくださいね。はぁ…。


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日本ではセグウェイで走行すると拘置所行きか?

拘置所への呼び出し状の日程がちょうど、母の葬儀と同じ日だったので、「一身上の都合」で、丁寧に出頭をお断りをした。

すると、東京地検の総務部徴収担当者が、いつこれますか?と聞くので、「来週はどうでしょう?」と答えたところ、「来週は私が夏休みなので、さ来週でいかがでしょうか?」ということで本日の出頭が決まった。
(担当者の休み次第で法の裁きの日程が変わるとは知りませんでした!)

そこで、今回の「セグウェイの公道走行」による交通違反の説明だが、昨年のイベントから(すでに1年以上も経過している)数回にも及ぶ、任意出頭の取調べにのべ数十時間にも及ぶ、供述に対して、簡易裁判の結果はたったの紙切れ3枚だけ。

略式命令
起訴状1
起訴状2

歩行補助車としてのセグウェイの扱いはできなかったのだろうか?
実際に公道イベントでは5km以下で走行していた。

日本が法律を見直さない限り、技術劣国への道へ進んでしまう気がしてならない。
セグウェイで車検をとってブレーキつけて、車道を走らせるなんてどう考えてもおかしい。これは「クルマ」という概念で考える頭そのものを変えない限り日本の法律の発想はダメだ。

「道路交通法の第○条違反」といわれても、その説明すらなされない。「意味がわからない」と申し立てた。そういう指示の出し方が「簡易裁判」なのであれば、事前にそのような「事件としての説明もなされない」趣旨を被疑者(ボクのこと)に検察官は伝えるべきではないだろうか?

おそらく、本日が最後のチャンスであると思うが、検察庁でも裁判所でも警視庁でもどこでもいいので、納得がいく説明さえしていただけるのであれば罰金50万円を支払うつもりだ。


憲法では、不服があれば2週間以内に「控訴」できるとあるが、不服ではなく、納得できないだけだ。いくら略式起訴でも、被疑者を「交通違反」と裁定したならば、説明責任はあるのではないだろうか?

しかし、納得がいく回答が得られない場合は、拘置される所存である(仕事には穴をあけませんのでご心配なく!)。

拘置所(労役場)なんて行こうと思っても、めったにいけない場所でもある。クーラーはあるのか?どんな食事なのか?どんな重労働をさせられるのか?どれだけ税金をムダ使いしているのか?
これらもレポートできるかもしれない。

マイケル・ムーア監督が「ボウリングフォーコロンバイン」のドキュメンタリーでKマートに弾を売らせなくしたように、ドキュメンタリーで日本の警察が何をやっているのかのドキュメンタリーを急に撮りたくなった。

オロナミンCの煙を吐いて走る広告トラックは、なぜ道路運送車両法に適合しているんだろうか?いつまでもなくならないニセモノ時計の露天商や合法ドラッグは道路使用許可を得ているんだろうか?警察のナゾに迫りたい!

ちなみにボクが撮影した映像が資料映像として「明石花火大会」の論告求刑が行われたが、警察署の上層部にはお縄がおよばなかったそうだ。ここでも不可解な警察側のシステムが伺いしれる。遺族が浮かばれない。
http://news.goo.ne.jp/news/sankei/shakai/20040729/SHAK-0729-05-03-29.html

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2004年8 月 6日 (金曜日)

Segway across America at 10 MPH


http://www.10mph.com/

wow

Segway route

They will planing tour of the United steate by Segway at 4300 Miles.
it is really?

Their plan is through the Segway running abailable country only.

It is nice Public relation idea!!
How s doing buttery change and chargeble?
I want to met him so much.

as soon as their project run!! take care!!

8-Aug start from Seattle
23-Oct goal to Bedford

TOTALS 4359.07 miles.


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2004年6 月30日 (水曜日)

帰ってきたセグウェイ!!!


本日、セグウェイが帰ってきました。
皆様、TrackBackキャンペーンありがとうございました!

警視庁の三宿第三機動隊の白バイと一緒に管理されていました。現場で、動作の確認と空気入れで空気圧を調整して、警察のバンで円山町のオフィスにまで運んでいただきました。

最初は、「車で取りにきてほしい」といわれて、セグウェイの件で、免停で車が乗れない話をすると、担当刑事さんは行政処分の方は全くご存知なかった様子(すでに過去の事件だから興味なしなのか?)。

また、机の上に、ずらりと並べられた証拠物品は撮影禁止。圧巻でした。なんでそんなものまで押収してたの?って感じでしたが。

証拠品は、警視庁と書かれた封筒におさめられていました。ひとつづつ書類を読み上げて確認する作業に約1時間は、かかりました。それもふくめてバンで送迎(本当は法律上、押収品のお届けサービスは、できないらしい)。

今回の返却は、キャンペーンの成果で、警視総監から指令がきたとてっきり思っていたのですが、すべて、検察庁からの指示に従ったまでということ。しかし、タイミング的にこのキャンペーンの時期にいきなり事態が変わったことは事実だ。
実はオオゴトにされるとまずい事があったのだろうかなどと感ぐってしまう。

担当刑事に連絡がとれなかったので、警視総監に請求書を出した話をすると、「それはおかどちがいで、検察庁に文句をいってほしい」と言われる。また、なぜ、これだけ証拠物件が戻ってこなかったかの理由も警視庁では一切わからないそうだ。それも何か釈然としない。こちらからすると上部組織だろうが下部組織だろうが、一緒に見える。この間の連携が悪すぎるのが、事件をなおいっそう複雑にしているのではないだろうか?

今後は、警視庁の上部機関である検察庁に問い合わせをするしかないそうだ。罰金の金額についての明細、および証拠物件の長期押収理由は今後は、検察庁に求めることにしたい。

悔やまれるのは検察官の口車にのってしまい、「簡易裁判」をついつい選択してしまったことだ。心情的に罰を軽くしたいという甘えがあった自分が悪い。結果は最高額の合計が罰金として出されている。あとの祭りとは思うが、「簡易裁判」に関する説明に虚偽があった場合はどうなんだろうか?こちらには録音やノート、証人などの証拠がないのも密室の取り調べでの不利な立場である。これで起訴するというのは、何とも不平等な気もする。

なにはともあれ、証拠物件が時間がかかりましたが、無事手元に戻ったことを皆さんに伝え、また、感謝したいと思います。blogキャンペーンが効果があったとは警察側は認めたがらないと思いますが…。

残るは、罰金問題なのですが、検察庁の説明に納得がいかなければ労役場に出向いても説明を求めるつもりです。返却には応じてもらえたけれども、こちらの説明の開示については何もなされていないままです。

取り急ぎ、これで一旦、「セグウェイ返してください」キャンペーンは、これで終了したいと思います。みなさん、貴重な時間をありがとうございました!
http://blog.livedoor.jp/kandaknn/archives/3577311.html

2004年6 月24日 (木曜日)

「セグウェイ返してください!」キャンペーン

セグウェイを道路で走っただけで、日本では、罰金50万円という結果が4月8日の新聞社からの取材で知りました。本人に通知するよりも先に新聞発表するんですね。起訴されたあとの「略式命令」の通知はP1 P2 P3 は、翌日(4月9日)の文書で東京簡易裁判所より届きました。

しかし、6月の中旬をすぎても証拠物件として下記のものが押収されたまま、未だに返してもらえません。なんとも変な放置国家です。 警視庁の担当部署への連絡をとっても連絡がつながりません。

貴重な人命をたくさん奪っている三菱ふそうの車は何万台も、公然と公道を走っているのに、5km程度でトロトロ走ったセグウェイが、すでに10ケ月も証拠物件として押収されているのはどうにも理解ができません。罰金刑が確定した現在にいたっていても証拠物件を押さえている必要性はどこにあるんでしょうか?

そこで、国家権力を相手に法的に戦うのでは時間も費用ももったいないので、blogを使って民主的に意見を述べたいと思います。

証拠物件として押収されてからすでに10ヶ月も経過しているにもかかわらず、未だに返してもらえませんので、下記の文面で警視庁あてにセグウェイのレンタル料金を発生させました。イベント定価で1日あたり20万円で請求して換算しました。配達証明文書で6月23日に発送しました。

押収文書を見ていただくとわかるのですが、会社の登記簿謄本なども10ヶ月ちかく手元にないので、本社の移転手続きや税金未納など新たな犯罪を国家権力によって助長されています。会社としても登記簿謄本が手元にないままで、どうやって銀行とつきあえばよいのでしょうか?


迅速なる証拠物件の返還をここに要求いたします!
レンタル料金もすでに発生していますので、ご注意ください!


内容証明文書
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警視庁本部 警視総監 殿
件名 : 交通捜査課の件でのご請求につきましてのご説明

拝啓、警視総監殿。

アメリカの電動2輪車「セグウェイ」で書類送検されたKandaNewsNetwork,Inc.
の代表取締役 神田敏晶と申します。

4月8日付で東京都簡易裁判所の裁判官、藤元由起子氏より、略式命令(平成16年(い)31074号)で罪状が確定したにもかかわらず、昨年の2003年、8月22日と24日に押収された証拠物件(添付資料)が、6月22日、現在に至っても未だに返却がなされておりません。また、それについての説明も一切ありません。

御庁において、証拠物件が10ヶ月も経過しながらも未だに返還されない正当な理由をお教えいただきたいと同時に、正当な理由がない場合は、6月1日より、弊社の規定のレンタル料金を発生させており、ここにご請求申し上げます。
内容に関して疑問および相違がある場合は至急ご連絡ください。

御庁の担当者からの迅速なる対応を期待しております。

KandaNewsNetwork,Inc.
代表取締役 神田敏晶 090-7889-3604
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現在、TypepadでのTrackBack機能と`コメント機能が動作しておりません。
キャンペーンのご協力の際は、

こちらのトラックバックをご利用ください。
http://blog.livedoor.jp/kandaknn/tb.cgi/3026337

サイトはこちらです。

2004年5 月10日 (月曜日)

三輪自動車にヘルメットないと反則切符、賠償訴訟に


http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20040510i403.htm
警察ももっと勉強してから、切符をきらないと…。
もっとこれからも変わった乗り物についての対応法を考える必要がありそうだ。


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2004年4 月20日 (火曜日)

日経ビジネス4月19日号

日経ビジネス4月19日号のシリーズ企画「動けニッポン」の第3回目に、「技術革新の行く手を拒む道路規制」として、取材されました。また、「敗軍の将、兵を語る」にも掲載されました。
これから罰金の問題や行政処分になどについても異論があるので、訴訟などを検討しています。ビジネス向けのメディアの認識が明確になっていることも武器として、黙って罰金を支払うのではなく、国家権力の問題点を指摘していきたいと思います。

2004年4 月10日 (土曜日)

<セグウェイ>公道で走らせた男性に罰金50万円

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040410-00000114-mai-soci

ボクはいま、裁判所からの通知を首をながーくして待ち続けているのに、先にyahoo Newsから知らされるなんて、一体日本ってどういう放置国家なんでしょうか?

とりあえず、世田谷区でなくて、渋谷区に移転しましたので、今後メディアの報道の際には、渋谷区の経営者でお願いします。決して輸入販売業でもなければ、イベント会社でもありません。報道する際には、裏トリを行ってからやるべきですよね。

イラクネタと重なってしまったので、今回は全く話題になりませんが、まあ、来週以降にいろいろと雑誌系メディアで紹介されると思います。50万円の罰金であれば、未だに拉致されたままのセグウェイ2台分の半年分のレンタル料金で10倍の金額を国家警察を相手に請求だけでもして戦うのもありかと思います。

警察の方にお願いです。 押収していった資料の中に、会社の登記簿謄本の原本があるのですが、会社の移転の届け出ができないので、できれば返してください。これ以上、法律を犯したくないとおもいますので、よろしくお願いいたします。

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