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8月5日は朝日新聞の敗戦の日だった。 朝日新聞「従軍慰安婦」問題の捏造記事認める

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辛抱さんの番組録画でこの「2014年8月5日、朝日新聞敗戦の日」を知った。



まさに、「おいっ!!」というオチだった。


「虚偽だと判断し、記事を取り消します」
「資料は見つかっていない」
「当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました」

もう、あらら…としかいいようがない…。

橋下大阪市長はこうコメントしている
http://blogos.com/article/91948/

「僕があの記事を読んでいて一番、あの、不快に思ったのはね、結局、読売新聞や産経新聞もね、"他紙も同じように報じてたじゃないか"、ってことを最後に付け加えてるわけですよ。あれは情けなかったですね」

テレビの引用や橋下氏の引用だけでなく、実際に朝日新聞のデジタル版で検証してみたい。

掲載時期が来たらおそらくネットから消去されるので、一部、歴史的なメディアの過ちの事例として資料として引用する。


慰安婦問題どう伝えたか 読者の疑問に答えます
http://www.asahi.com/topics/ianfumondaiwokangaeru/

まず、冒頭から朝日新聞読者に対してだけにしか答えられていない。これは、朝日新聞として、日本国民すべての疑問に答えるべきだった。



慰安婦問題とは…
A 戦時中、日本軍の関与の下で作られた慰安所で、将兵の性の相手を強いられた女性。政府は1993年8月に河野洋平官房長官が発表した談話(河野談話)で「当時の軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題」と指摘した。
http://www.asahi.com/articles/ASG7L5HWKG7LUTIL03L.html

※あくまでも「河野談話」がきっかけのようだ。


❏読者のみなさまへ
日本の植民地だった朝鮮や台湾では、軍の意向を受けた業者が「良い仕事がある」などとだまして多くの女性を集めることができ、軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません。一方、インドネシアなど日本軍の占領下にあった地域では、軍が現地の女性を無理やり連行したことを示す資料が確認されています。共通するのは、女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があったことです。
http://www.asahi.com/articles/ASG7M03C6G7LUTIL06B.html

※強制性があったことが問題ではなく、資料がなかったことに対してのコメントはないのだろうか?

「済州島で連行」証言 裏付け得られず虚偽と判断
❏読者のみなさまへ
 吉田氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します当時、虚偽の証言を見抜けませんでした。済州島を再取材しましたが、証言を裏付ける話は得られませんでした。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾がいくつも明らかになりました。
http://www.asahi.com/articles/ASG7L71S2G7LUTIL05N.html

※つまり、誤報を延々と連載していたことが事実として残る。

 

「挺身隊」との混同 当時は研究が乏しく同一視

❏読者のみなさまへ
 女子挺身隊は、戦時下で女性を軍需工場などに動員した「女子勤労挺身隊」を指し、慰安婦とはまったく別です。当時は、慰安婦問題に関する研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも慰安婦と挺身隊の混同がみられたことから、誤用しました。
http://www.asahi.com/articles/ASG7M01HKG7LUTIL067.html

 ※研究性が乏しく資料が混同していても、誤用した記者の責任ですね。

 

他紙の報道は
朝日新聞社は、ここで取り上げた記事について各社の現時点での認識を尋ねました。毎日新聞社と産経新聞社からは次の回答がありましたが、読売新聞社は回答しませんでした。
 〈毎日新聞社社長室広報担当の話〉 いずれの記事も、その時点で起きた出来事を報道したものであり、現時点でコメントすることはありません。
 〈産経新聞社広報部の話〉 当該記事では、吉田清治氏の証言と行動を紹介するとともに、その信ぴょう性に疑問の声があることを指摘しました。その後、取材や学者の調査を受け、証言は「虚構」「作り話」であると報じています。
http://www.asahi.com/articles/ASG7L7GGWG7LUTIL05Y.html

※真摯に自社メディアが掲載したことを謝罪すべきであり、他紙も同様であったことは無関係ではないでしょうか?

われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
http://www.asahi.com/articles/ASG795JBHG79UTIL024.html

※同じ過ちを決して繰り返さない固い決意の方向は「歴史」ではなく「朝日新聞のジャーナリズム」ですね。
開き直りのようにも受け取れる文章でもあり、また同じ「誤報」を繰り返さないためにも、再度、朝日新聞の「ジャーナリズム憲章」をしっかりと噛み締め、この敗戦記念日を忘れずに報道人としての矜持を見せてほしい。

朝日新聞 ジャーナリズム
http://www.asahi.com/shimbun/company/csr/2013.pdf

まずは、間違いを素直に認め、謝罪文の掲載からが、朝日新聞の戦後の光は、やってくる。

 

 

 

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終戦69年目エノラ・ゲイの最後の乗組員死す

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英BBC放送の広島ドキュメンタリー「Hiroshima: Dropping the Bomb」
リトルボーイ投下の瞬間を描いている秀作

この作品のビジュアルエフェクトを担当したのが映画『GODZILLA ゴジラ』監督のギャレス・エドワーズだから、あの映画でのジャンジラ村で広島と福島へのレクイエムを感じることができた。

 

そして、2014年「ヒロシマ」における直接の現場担当の加害者はすべてお亡くなりになった。


1945年08月06日(月)8:15分 広島にトルーマン大統領の指令によりB29機の「エノラ・ゲイ」から3.12メートルの「リトルボーイ」が投下された。その3日後の08月09日(水)11:02分 長崎にもB29機の「ボックスカーBOCKS CAR」から「ファットマン」が投下された。

 

エノラ・ゲイ最後の生存者、バンカークさん死去 93歳
バンカークさんは1995年に朝日新聞の取材に対して「原爆投下が戦争終結につながり、間違っていたとは思わない」と話していた。一方、2005年にはAP通信に「原爆は長い目でみて多くの命を救った」としたうえで、「戦争や原爆では、何も決着しない。個人的には、世界に原爆は存在すべきではないと思う」とも語っていた。
http://www.asahi.com/articles/ASG7Z23G3G7ZUHBI00W.html

 

出撃当時の乗組員構成(全12名)。2014年7月28日、同機最後の生存者であったセオドア・バン・カークが93歳で死去したため、ボックスカーを含め原爆投下機の搭乗員で存命者はいなくなった。

  • 機長・操縦士:ポール・ティベッツ(Paul W. Tibbets, Jr.)
  • 副操縦士:ロバート・A・ルイス(Robert A. Lewis
  • 爆撃手:トーマス・フィヤビー(Thomas Ferebee
  • レーダー士:ジェイコブ・ビーザー(Jacob Beser) - ボックスカーにも搭乗し、長崎の原爆投下にも参加した。
  • 航法士:セオドア・ヴァン・カーク (Theodore Van Kirk
  • 無線通信士:リチャード・H・ネルソン( Richard H. Nelson
  • 原爆点火装置設定担当:ウィリアム・S・パーソンズ(William S.Parsons
  • 電気回路制御・計測士:モリス・ジェプソン(Morris R. Jeppson)
  • 後尾機銃手・写真撮影係:ジョージ・R・キャロン(George R. Caron)
  • 胴下機銃手・電気士:ロバート・H・シューマード(Robert H. Shumard)
  • 航空機関士:ワイアット・E・ドゥゼンベリー(Wyatt E. Duzenberry)
  • レーダー技術士:ジョー・S・スティボリック(Joe S. Stiborik)

 

 

 

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