Information

KandaNewsNetwork,Inc.とは?
http://knn.typepad.com/about.html

wikipedia "神田敏晶"
facebookページ http://www.facebook.com/kandanewsnetwork 
facebook  paul smith kanda http://www.facebook.com/knnkanda
twitter @knnkanda
Google+  kandaknn@gmail.com
linked in http://www.linkedin.com/profile/view?id=233523&trk=tab_pro
pinterest http://pinterest.com/knnkanda/ paul toshiaki kanda 
tumblr http://www.tumblr.com/blog/knn
skype  toshi kanda 

150-0001 #412  jingumae3-25-18,shibuya,tokyo,japan 
+81-90-7889-3604  GMT+9hour 

〒150-0001
東京都渋谷区神宮前3-25-18-412
090-7889-3604
kandaknn@gmail.com

 

このエントリーをはてなブックマークに追加

 

 

 

2012年5 月28日 (月曜日)

シリコンバレーの歴史 インキュベーターの存在理由 アイデアラボ 1999年 hotwired連載

シリコンバレー インキュベーターの存在理由

Text: 神田敏晶(KandaNewsNetwork)


■インキュベーター、日本と米国のちがい

米国のベンチャービジネス発展の舞台裏では、広義の意味でのビジネス・インキュベート(孵化器)機能が、常に重要な意味を持っている。シリコンバレーのビジネスも時代・文化背景、そしてマインドやスピリッツが違うので、一概に日本と比較する事は非常に危険ではあるが、日本のそれらとはかなり様相が違っている。日本には日本流のやり方があると思うが、どうしても日本のインキュベーターを見ていると歯がゆい思いがしてならない。一体、何がどう違うのだろうか?シリコンバレーの成り立ちを検証してみたい。

■ゴールド・ラッシュ・モチベーション、「フォーティーナイナーズ」が開拓した国。

1848年1月、カリフォルニア州で金が採掘され、翌49年には、アメリカはもとより、南米、ヨーロッパ、そしてアジアからの移民が「フォーティーナイナーズ」と呼ばれる開拓者として「ゴールドラッシュ」の一時代を築いた。世界中から一獲千金を夢見て集まった人たちは、満足な金を得られることはなかったが、この大陸にフロンティア・スピリッツを残していった。そして開拓を続け、線路を敷き詰め、鉄道をとおし、店を開き、ビジネスを起こしていった。その子孫がシリコンバレーに深く根づいていることは彼等のメンタリティーを知る部分で常に念頭においておきたい。インターネットベンチャーは西部開拓へのオマージュとも思えるほどだ。
合衆国はアメリカ人にとって何代か前の先祖が作った国。法律も自分たちで作ってきた自負を全国民が持っている。大統領選挙は一番視聴率を稼げる番組でもある。日本の国は、天照大御神が作ったほどの昔々であり、国を作ってきた意識はもはや誰にもない。求めることがナンセンスだ。また、法律的なこともかえられるとは誰も思っていない。このモチベーションだけでもビジネスに対する姿勢にかなりの差が出てくるのは仕方がない。

■レジェンド・オブ・インキュベーター、シリコンバレーの父と母。

・母としてのスタンフォード大学
東海岸のエスタブリッシュな大学と対抗するかのように、鉄道王リーランド・スタンフォードが私財を投じて、カリフォルニア・パロアルト市の巨大な敷地に私立大学を1891年に創設した。それがスタンフォード大学だ。
1938年、シリコンバレー最初のガレージ・カンパニー、ヒューレット・パッカード(HP)が計測機器で誕生した。自宅でビジネスをスタートアップするには、ガレージは最高のオフィスペースとなる。さしずめ日本のSOHOでは、押し入れを改造して、パソコンスペースをつくるという。押し入れカンパニーが日本のスタートアップなのか?

HPのインキュベーターでありインベスター(投資家)は、スタンフォード大学のフレデリック・ターマン教授であった。投資額はたったの538ドルであったが起業には十分だったそうだ。ターマン教授が学生に起業をすすめたから今日のHPがあったともいわれる。大学の教授が学生に起業をすすめ、自らポケットマネーを貸し付けるという話しも日本では聞いた事がない。学生に教授が投資する事はとてもいいことだという気風はターマン教授がつくったスタンフォードのスタンダード・マインドなのだ。

1950年、広大なスタンフォード大学が保有する敷地内にインダストリアルパークが作られ、ハイテク企業の誘致が進めれれた。大学との産学研究がさかんに育まれていく。ハイテクパーク用の土地への工場誘致でなはく、大学の敷地内に企業がはいってきたのである。
ここではすべてがスタンフォードの広大なキャンパスの仲間という意識や連体感が生まれる。シリコンバレーでは人の流動が激しい。
しかし、彼等は会社が変わっても職種は変わらない。エンジニアはエンジニアとしてのキャリアをどんどん積み重ねていき、さらにいいポジションを獲得していく。つまり彼等のメンタリティーには、シリコンバレー株式会社の中の事業部をわたり歩いている程度の感覚か、もしくは大学の授業の単位を取得していくような感覚に近いのかもしれない。

・父親としてのショックレー研究所
1956年、東海岸のベル研究所でトランジスタを発明したウィリアム・ショックレーが故郷であるサンフランシスコの東の果樹園に戻り、ショックレー研究所を設立した。
実際にはふつうの家を改造しただけのここもガレージカンパニーだ。しかし、ショックレーを訪ねて、世界中から優秀な人材が果樹園に集まった。そこから孵化した頭脳が、ICを発明したロバート・ノイス&ゴードン・ムーア(後のインテルの創業者)、ジェリー・サンダース(AMD創業者)ユージン・クライナー(クライナー・パーキンス)、ドン・バレンタイン&ピエール・ラモンド(セコイア・キャピタル)らであった。
彼等は意見の対立から、ショックレー研究所をスピンアウトし、フェアチャイルド・セミコンダクター社を設立する。フェアチャイルド社は軍需ニーズの波に乗り、順調に伸びていくが、ニッチビジネスを見つけてスピンアウトしていくことを奨励した。その結果、アウトソーシング先となるカンパニーが無数に誕生した。それらは、フェアチャイルド社の子供として「フェアチルドレン」と呼ばれた。フェアチャイルド社は、半導体事業におけるビジネスインキュベータの機能を果たしていたのだ。

1970年代に入り、軍需需要とハイテク機器需要で、MPUメーカー、ハードディスクメーカー、研究所、PR会社、会計経理会社、ヘッドハンティング会社、そしてベンチャーキャピタルらがバレーで隆盛を誇る。シリコンバレーのビジネスのインキュベーターは、スタンフォード大学の大地に巻かれたショックレーの種子が見事に開花した結果と言えよう。1968年、フェアチルドレンの中からインテル社というMPUのベンチャーが誕生した。ノイスとムーアが自ら作った理想の会社だ。ムーアの法則と共に半導体業界の中で不動の地位を獲得していくのだ。

シリコンバレーの第一黄金期は半導体の時代として動いた。そして第二期はパーソナルコンピュータとネットワーキングの時代背景が起業を生んでいく。

■企業からのスピンアウトそして大学からのスピンアウトダウンサイジングとパーソナルコンピュータの第二期黄金期。

1976年、インテルのストックオプション制度で私財をなしたマイク・マークラがアップルで最初の投資家となった。シリコンバレーの特徴は技術をわかる投資家やキャピタルが多いことにある。また、IPO(店頭公開)を果たした時のストックオプションの売却益でベンチャーキャピタルに転身するビリオネイヤーも多い。米国のベンチャーキャピタルも広義でいうビジネスのインキュベーターである。50%以上の株をキャピタルが持ち、経営権にも口を出す。役員も選ぶ。CEOも連れてくる。日本のベンチャーキャピタルが経理面の相談をするのと違い、IPOへ向けてまっしぐらというパートナーシップである。有力なキャピタルがつけば、それだけで資金調達は次ぎから次へと集まる。サンドヒルというキャピタルリストの集まる坂道では、スーツ姿のキャピタルとベンチャーとのミーティングが連日行われている。

日本のベンチャーキャピタルとの大きな違いが、自らもスタートアップであったキャピタルが多いことだ。また、投資する分野のビジネス経験が豊富であることも違いとして考えられる。日本の大半が銀行か証券会社からベンチャーファンドが形成されているためか、ペーパーの業績にばかり目がいってしまい、事業的な可能性に対しての評価が低い部分が気になる。また、ネット系のキャピタリストがインターネットの進化や動向をキャッチアップできていないケースなどもよく見かける。
バレーのキャピタリストがベンチャーを見るポイントが3つあるといった。1に人。2に人。3に人だという。優れた起業家は並の事業計画でも成功させる。しかし、並の起業家は、優れた事業計画も成功させる事ができないからだ。起業家とベンチャーキャピタルはバレーでは一心同体のパートナーシップで成り立っている。

1982年に、スタンフォード・ユニバーシティー・ネットワークという名を持つワークステーション・ベンチャーが誕生する。サン・マイクロシステムズである。スコット・マクネリーというカリスマ性を持った経営者と天才的なエンジニアのビル・ジョイらのスタートアップだ。サンのパートナーは、ウェストコースト・ベンチャー・キャピタル、USベンチャー・パートナーズ、クライナー・パーキンスらが並ぶ。

ゼロックスのパロアルト研究所のジョン・ワーノック博士らは、マウンテンビューにアドビ・システムズ社を設立する。アドビのパートナーは、ハンブレヒト・クイスト。さらに、スタンフォード大学教授のジム・クラークが、学生と一緒にマウンテンビューでシリコングラフィックス社を設立する。パートナーはメイフィールド・ファンドだ。

1984年には、スタンフォード大学コンピュータサイエンス研究所のマネージャーのレオナルド・ボーサック夫婦は自宅のリビングルームからネットワーク機器会社、シスコ・システムズ社を起こす。シスコのパートナーは、セコイア・キャピタルである。

このように、IPOを果たして大企業になった企業の後ろ盾には必ずやベンチャーキャピタルがインキュベートしていることがわかる。資金調達のメインが銀行でないところが日本のベンチャーとの違いだろう。銀行からの融資のみでの起業ではなく、投資する側もリスクを負っている点が特徴だ。

「社長失格」書籍で知られるハイパーネットも銀行でなく、ベンチャーキャピタルの資金だったとしたら、2度でも3度でも負債を抱えることなく新たな事業にチャレンジできたことだろう。しかもシリコンバレーでは「失敗も経験のうち」と認める風土がある。

ベンチャービジネスにとって、インキュベータの存在は非常に大きい。ある時は大学での知識や人的ネットワークであったり、ある時はベンチャーキャピタルの資金やビジネス経験にノウハウ。そして最後に施設や場所・環境であったりする。場所的な要素の比重はビジネス・インキュベートに見る限り、優先度は下位である。しかし、日本のインキュベート施設のほとんどが、ハコ型の施設に総力が注がれる。家賃が安い。ネットワークがある。24時間使える。それだけで、ビジネス・インキュベートというのはかなりズレている。ネットワークがない、熱帯夜に近い日本で夜の7時でクーラーが切れるなんて施設は、ただのリアルエステート業者だといわざるをえない。

起業に必要な、資金調達、人材調達、人的ネットワーク、マネージメント、マーケティング、店頭公開準に渡る総合サービスを考えられないとビジネス・インキュベート・とはいいにくくなってきている。

それでは、次にいろんなタイプのインキュベーターを比較していってみたい。

■空洞化するマンハッタン――税制優遇政策で蘇ったデジタル産業

ハイテク・インキュベーター・ビルディングNYITC(ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジー・センター)
http://www.55broadst.com/

1980年代、アーティストやクリエイターたちは、観光地化して地価が高騰したグリニッジ・ヴィレッジを脱出し、見ばえの悪かった倉庫街であるソーホー地区に移ってきた。見ばえよりもテナント料金の安さと空間の広さを求めて移り住み、ソーホー地区は、文化的な雰囲気を醸し出し、一大ソーホーブームを生んだ。そして今やソーホーは、最新ファッション・デザインの発信拠点となり、高級ブティックが並び、5番街と風格は違えど、あまり大差のないほどの人気スポットになってしまった。もはや若手のクリエイターやアーティストはソーホーを拠点にできなくなってしまった。そして経済バブル以降、マンハッタンのテナントは、企業からもクリエイターからもそっぽを向かれてしまった。 1987年のブラックマンデー以降、ニューヨーク市マンハッタンは、世界の情報の中心地ではあるが、以前の勢いがなくなっていた。ことベンチャー育成に関しては、ニューヨーク市はさらに後進地域でもあった。高騰しきった不動産は、マンハッタンに本社を持つ企業でさえ、ニュージャージーやクイーンズの郊外へ流出させてしまった。さらに高い税金や光熱費、改善されない交通渋滞、そしてなくならない犯罪。ベンチャー企業にとって、マンハッタンは住みにくい場所になってしまっていた。

1995年、ニューヨーク州のジョージ・E・パターキ州知事が、大幅な税制優遇政策を打ち出した。また、ニューヨーク市のジュリアーニ市長のデジタル産業の支援計画「ロウアー・マンハンタン計画」などの助言もあり、大手不動産のルディン・マネージメント社は、1500万ドルを投じて55ブロードウェイ通りのニューヨーク証券取引所の斜め前の、元ドレクセル証券の33階建のビルの全面改装を決断した。このビルは長い間借り手がないまま放置されていたものだった。税制措置が変わったことを機会にニューヨーク市や地元企業とも協力し、マルチメディアベンチャーを対象としたハイテクが駆使されたビルを作り、これをベンチャーのインキュベータにしようとしたのである。

これが「ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンター(NYITC)」。このインキュベーターには予想以上の勢いでテナントが集まった。それもそのはず、賃貸料は周囲の通常のハイテクが何も装備されていないビルよりも、約5割近く安く、入居条件も3年間は50%オフ、4年目で33%、そして5 年目で17%という、インキュベート期間によって賃料のディスカウント率が変わっていくという、インキュベーション施設ならではの料金設定となった。

ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンターは、400席のホール、7つのセミナールーム。24,000平方フィートにわたり、広周波帯域のインターネット光ファイバー接続網、4×7インチの壁かけインタラクティブウオールビジョン、ビデオ会議システム、人工衛星アップリンク&ダウンリンク設備などが完備された。ニューヨークにおいて最高のマルチメディア環境を提供するというコンセプトどおりに、メディアリッチなハイテク環境が整備された。

ニューヨーク市もこの分野の産業育成に力を入れており、センターのテナントと企業には不動産税の減税やコマーシャル不動産の減税優遇策のほか、ニューヨーク市の「空きビル」条例の適用を受けて日々の光熱費を47%まで削減という恩典が受けられた。スポンサーには同市のほか、IBMやNYNEX、コン・エディソン、KPMGピートマーウィック会計事務所、コロンビア大学などが参加し、サポートを受けることができるようになった。現在、このビルにはNPO組織であるNYNMA(NEW YORK NEW MEDIA ASSOCIATION)や、CD now.com 、@NYなどのテナントがひしめきあっている。

■変わりゆくシリコンアレイ――パッケージからネットビジネスへ

55ブロードウェイ通りからウオール街にいたるマンハッタンの南地区は、いつしかシリコンバレーに呼応して、「シリコン・アレイ」と呼ばれて久しい。今やシリコンアレイのエリアは、拡大傾向にある。ニューヨーク市をあげてのマルチメディア企業の誘致は、民間企業のハードインフラ込みのテナント・ビル開発によってスタートを切ることができた。また、その近辺の倉庫街であったトライベッカ地区を中心とするダウンタウン地域にも自然とマルチメディアやインターネット関連ビジネスが集まりだした。当初、CD-ROMで優勢だった東海岸のベンチャーたちのビジネスは、その姿をいつしかインターネット上のWWWへとステージを変えていくことによって、時代の趨勢に対応してきた。もちろん、それはその時代の最先端ネットワークが、彼等の活躍の場をインターネットへと自然に導いていったのはいうまでもない。

現在、チェルシー地区では、インターネットサービスエクスチェンジ(IXP)と呼ばれるISPを束ねて、LAN上で結び、一つでもホップを減らし、快速に Webを見せるための巨大なハードディスクのストレージ施設が登場している。ビルの回線は標準の最低ランクがT-1で通常はT-3、上限はOC12などの超ド級の帯域を持ち、万一の停電のためのジェネレーターと空冷の音が工場のような音をあげて回り続けている。
amazon.comをライバル視するバーンズ・アンド・ノーブル(http://www.bn.com/)のような巨大な企業もネットワークインフラの快速性を求めて移動してくる時代になっている。

ルディン・マネージメント社のビル・ルディン社長は「NYITCのビルの賃貸料では利益は出せないが、長期的なスタンスでの投資を考えている。ダウンタウンの活性化には金融関係以外の産業の参加が不可欠であり、21世紀に向けての最新設備が整った当ビルを中心にハイテク産業が発展することを期待したい」と語る。

マルチメディアビジネスは映像、音楽、出版、広告など多種多様な要素の複合コンテンツ。シリコンバレーは、どちらかというと、テクノロジー・オリエンテッドな風土があり、斬新なテクノロジーやソフトウェアが広大な土地の中から生産された。しかし、マンハッタンのシリコンアレイは工場などを持てない狭い地域。まさにアレイ(小道)なのである。アーティストとソフトウェアエンジニアが一緒に手を組むことで、これまでにないコンテンツを生み出してきている。また、マンハッタンには出版や広告・放送の世界の窓口が集まっているだけにインターネットにおいてもアクティブな仕事が継続して発生し情報が主産物という構図が成り立っている。

インキュベーション期間を終え、ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンター(NYITC)から巣立つベンチャーがどれだけいるのかが、このプロジェクトの成果を今後は、あらわしていくことだろう。オフィス賃貸料や電気代などイニシャルコストは、マンハッタンは、今でも全米最高水準。ベンチャーが独り立ちした途端、高コストから郊外に逃げ出す可能性もありうることだろう。しかし、確実にニューヨークのデジタル情報産業は根づいている事は世界的にも認められている。

■インターネットビジネス界のエジソンとなるのか?――ビル・グロスのビジネス・インキュベート錬金術

ロサンゼルスから車で20分の郊外にあるパサデナ市。カリフォルニア工科大学(CALTEC)のある学生街でもある。ビル・グロスのベンチャーデビューはかなり早かった。若干12才であり、ポピュラーサイエンス誌に掲載された太陽光を電気に変換するキットが始めての商品であり、これがまた大ヒット商品となる。CALTECを卒業し、1984年にロータス123のプログラム支援ソフト会社GNP社を起こした。そして2年後にはそれをロータス社に売却。 1994年には教育用CD-ROMソフト会社ナレッッジ・アドベンチャー社を起こし、1996年には1億ドルでCUC ・インターナショナルに売却したという。起こしては売りというまさにベンチャーのアイデア商人であった。そして今度はその才能を一番生かせる会社をはじめた。
それが「アイデア・ラボ(http://www.idealab.com/)」だ。

「アイデアラボ」は、インターネットにだけフォーカスを絞りこんだアイデアを具現化するための会社である。設立は1996年3月だ。
1998年にはアイデアラボ・キャピタル・パートナーズ(http://www.icp.com/)を設立し、第1ラウンドでの調達資金は総額で1億5百万ドル以上にも及び、その結果、25もの新規インターネット・ビジネスに投資した実績をもつ。この投資先には、GoTo.com (GOTO),eToys (ETYS), MP3.com (MPPP), などのIPO組みがいる。そして第2ラウンドは今年の8月に、3億5000万ドル以上を調達してしまった。

たったの3年である。パサデナ本社は、隣の韓国料理屋よりも狭いたたずまいのオフィスであるが、続々とIPO(店頭公開)する企業が後を絶たない。ビル・グロスの比類まれなネット・ビジネスのアイデアにはベンチャーキャピタルの資金も次ぎから次ぎへと吸い寄せられてくる。まさにインキュベート錬金術ともいえるほどだ。

アイデア・ラボの強さの秘けつは、「スーパープログラマーにある」という。「15名ものスタープログラマーが日夜、思いもよらないインターネットのプログラムを書いてくれる。また、アイデアをより具現化するために、見事にフィットしたプログラムを書いてくれるからだ」とグロスは言う。さらにネットビジネスが、コンテンツでのビジネスとテクノロジーのツールを提供するビジネスとにうまく分散されているのも特徴だ。どちらの分野も系列会社がしっかりと押さえているのだ。

また、インキュベート企業もすべて物理的に軒をつらねている訳ではないが、可能な限り、オフィスの経費から経理関連の書類は一括で管理できるポートフォリオ会社をもマネージメントしているところも注目したい。求人に関しても、ポジションをきめれば、同時にアイデアラボのサイトで常に募集をかけている。アイデアラボのベンチャー企業は、そういった余計な雑用を気にせずに短期でのIPOを目指し、一気にかけぬけるのである。資金は潤沢にあり、公開のタイミングもすべて熟知している。またストックオプションによって、公開後にはキャピタルゲインという特別な魅力もついており、彼らのモチベーションを高めている。

PRやマーケティングも一括でアイデアラボが管理できる点も、短距離走にはとても好都合な条件だ。今や一挙一動が注目されている人物であるだけに、好条件がそろう。今月、アイデア・ラボはシリコンバレーの心臓部のサニーベールにも進出するということを発表した。

ヤフーとマイクロソフトの合弁会社、「カーポイント」に数億円で「ネットディーラーズ」を売却したネットエイジ社の西川氏も、アイデア・ラボのビジネスモデルを絶賛し、アイデアラボに続けと後続のポジションを狙っている。

アイデアラボは、今までにないソフトコンテンツ型のインキュベーション事業を成立させた最初のネットベンチャーだ。続々とIPOをさせるという明確な形でビジネスを推進している。アイデアのあるベンチャーと、それを支援するインキュベーターが、株式公開まで付き合うという、従来のベンチャーキャピタルに多いパターンとは違う形体が生まれ出してきているのも事実だ。

ハード設備を重視してきた日本のインキュベート施設とは意味がまったく違う。ハード重視の姿勢には、不景気時代の空きビル対策といった、本末転倒ともいえる思惑なのかもしれない。アイデア先行の時代には、広々としたフロアも豪華なキューブもまったく不要だ。ましてや高価なハード機器は、インターネットベンチャーには無用の長物となりつつあるであろう。

最後にアイデアラボの事業を簡単に紹介しておこう。

■アイデアラボがインキュベートする企業郡。

CarsDirect.com
http://www.carsdirect.com/
CEO スコット・ぺインター
消費者がイニシアティブをとりながら、Webで新車を購入できるサイト。
Cooking.com
http://www.cooking.com/
CEO デビッド・フーデス
料理をする人々のためのクッキングポータルサイト
eToys
http://www.etoys.com/
CEO トビー・レンク
おもちゃ、ソフトウェア、ビデオゲーム、音楽、ビデオとベビープロダクトのポータルサイト。
1999年5月 IPO 。NASDAQ:ETYSS
eve.com
http://www.eve.com/
CEO マリアム・ナフィシー&バーシャ・ロー
女性向きの総合コスメティクス販売のポータルサイト。
MyHome.com
http://www.myhome.com/
CEO スティーブ・ジェニングス
デザイン重視の家庭用小物の専門ショップ。
PETsMART.com
http://www.petsmart.com/
CEO トム・マクガヴァン
総合ペット用品のポータルサイト。
Tickets.com
http://www.tickets.com/
CEO トム・ギンプル
ありとあらゆるチケットが入手できるポータルサイト。チケットオークションなどもある。
utility.com
http://www.utility.com/
CEO クリス・キング
登録することによって電気代が10%から25%まで安くなるというインターネットならではのディスカウントプライス適用の代行サイト。
WeddingChannel.com
http://www.weddingchannel.com/
CEO ティム・グレイ
「結婚」をテーマに旅行から引き出物までドレスまで何でもそろうポータルサイト
HomePage.com
http://www.homepage.com/
CEO ビル・グロス
10メガまでのディスクスペースを使える。あなたの名前+homepage.comのサイト。
iExchange.com
http://www.iexchange.com/
CEO デイビッド・アイズナー
この10月より新しく登場する投資家のための金融ニュースサイト。今は1万ドルが当たるキャンペーンをおこなっている。チャットルームとメッセージボードなどがある。
KidsOnLine
http://www.kidsonline.com/
CEO スティーヴ・ダムロン
親が安心して遊ばせることのできる子供のためのサイト。ネットワーク対応のクロスワードパズルなどが用意されている。
firstlook.com
http://www.firstlook.com/
CEO ランド・ブライマイスター
Realplyaerで音楽を視聴でき、広告を付加することができる音楽サイト。チャートによって広告料金が変わるところがユニーク。
SmartGames
http://www.smartgames.com/
CEOゲーリー・ウォード
インターネットとCD-ROMを使用するゲームサイト。パズルなどが豊富。
Ticketmaster Online-CitySearch
http://www.citysearch.com/
CEO チャールズ・コン
ローカルなエンターテインメント情報を掲載。全米の各都市のバージョンが追加されていく。1998年12月のIPO 、NASDAQ:TMCS
Centra
http://www.centra.com/
CEO レオン・ナビッカス
ライブビジネスソリューションソフトウェア「Centra 99」のサイト。
eCall
http://www.ecall.net/
CEO ハーブ・ズィドニー
インターネットを活用した音声コミュニケーションサービスサイト。
EntryPoint
http://www.entrypoint.com/
CEO ラリー・グロス
総合アクセスツールバナーソフト。PointCast を買収したことによって、バナーにニュースが搭載された。eWalletなどの電子通貨機能をもそろえる。
Free-PC
http://www.free-pc.com/
CEO ドン・ラ・ヴァン
idea-labの中でも最も著明な企業。個人情報とひきかえに無料でPCをプレゼントをはじめた世界で最初のサービス。
GoTo.com
http://www.goto.com/
CEO ジェフリー・ブリュワー
検索結果の表示に対価を求めるサイト。市場原理によって、検索結果にはより広告代金を支払ったサイトから優先に表示される。
1996年6月IPO NASDAQ:GOTO
Intranets.com
http://www.intranets.com/
CEOスティーブ・クラメイ
フリーで提供されるイントラネット用ツール。カスタマイズなどが可能。
jobs.com
http://www.jobs.com/
CEOティム・アームズ
求人する会社と求職者を履歴書銀行が仲介するというビジネスモデル。
NetZero
http://www.netzero.com/
CEO マーク・ゴールドスタン
広告付き専用ブラウザによってインターネットが無料になるシステムを提供。
OpenSales
http://www.opensales.com/
CEOミカエル・クラウス
Linuxベースで利用できるEコマースツールを提供し、エンドユーザーと小売り業にとってのビジネスをより刺激するツールを開発している。シリコンバレーに進出した。
PayMyBills.com
http://www.paymybills.com/
CEOジョン・テデスコ
支払いと支払いのために要する確認作業をすべてWebから可能にしたサービス。
PeopleLink
http://www.peoplelink.com/
CEOスティーブ・グレン
テーマごとに別れたコミュニティサイトに総合コミュニケーションツールを提供する。
Shipper.com
http://www.shipper.com/
CEO アレックス・ネズビット
即日配達を可能にする日本では当たり前のサービスだが、アメリカでは珍しい。提携する電子通販の付加価値をあげている。

シリコンバレーの歴史 インキュベーターの存在理由 アイデアラボ 1999年 hotwired連載

シリコンバレー インキュベーターの存在理由

Text: 神田敏晶(KandaNewsNetwork)


■インキュベーター、日本と米国のちがい

米国のベンチャービジネス発展の舞台裏では、広義の意味でのビジネス・インキュベート(孵化器)機能が、常に重要な意味を持っている。シリコンバレーのビジネスも時代・文化背景、そしてマインドやスピリッツが違うので、一概に日本と比較する事は非常に危険ではあるが、日本のそれらとはかなり様相が違っている。日本には日本流のやり方があると思うが、どうしても日本のインキュベーターを見ていると歯がゆい思いがしてならない。一体、何がどう違うのだろうか?シリコンバレーの成り立ちを検証してみたい。

■ゴールド・ラッシュ・モチベーション、「フォーティーナイナーズ」が開拓した国。

1848年1月、カリフォルニア州で金が採掘され、翌49年には、アメリカはもとより、南米、ヨーロッパ、そしてアジアからの移民が「フォーティーナイナーズ」と呼ばれる開拓者として「ゴールドラッシュ」の一時代を築いた。世界中から一獲千金を夢見て集まった人たちは、満足な金を得られることはなかったが、この大陸にフロンティア・スピリッツを残していった。そして開拓を続け、線路を敷き詰め、鉄道をとおし、店を開き、ビジネスを起こしていった。その子孫がシリコンバレーに深く根づいていることは彼等のメンタリティーを知る部分で常に念頭においておきたい。インターネットベンチャーは西部開拓へのオマージュとも思えるほどだ。
合衆国はアメリカ人にとって何代か前の先祖が作った国。法律も自分たちで作ってきた自負を全国民が持っている。大統領選挙は一番視聴率を稼げる番組でもある。日本の国は、天照大御神が作ったほどの昔々であり、国を作ってきた意識はもはや誰にもない。求めることがナンセンスだ。また、法律的なこともかえられるとは誰も思っていない。このモチベーションだけでもビジネスに対する姿勢にかなりの差が出てくるのは仕方がない。

■レジェンド・オブ・インキュベーター、シリコンバレーの父と母。

・母としてのスタンフォード大学
東海岸のエスタブリッシュな大学と対抗するかのように、鉄道王リーランド・スタンフォードが私財を投じて、カリフォルニア・パロアルト市の巨大な敷地に私立大学を1891年に創設した。それがスタンフォード大学だ。
1938年、シリコンバレー最初のガレージ・カンパニー、ヒューレット・パッカード(HP)が計測機器で誕生した。自宅でビジネスをスタートアップするには、ガレージは最高のオフィスペースとなる。さしずめ日本のSOHOでは、押し入れを改造して、パソコンスペースをつくるという。押し入れカンパニーが日本のスタートアップなのか?

HPのインキュベーターでありインベスター(投資家)は、スタンフォード大学のフレデリック・ターマン教授であった。投資額はたったの538ドルであったが起業には十分だったそうだ。ターマン教授が学生に起業をすすめたから今日のHPがあったともいわれる。大学の教授が学生に起業をすすめ、自らポケットマネーを貸し付けるという話しも日本では聞いた事がない。学生に教授が投資する事はとてもいいことだという気風はターマン教授がつくったスタンフォードのスタンダード・マインドなのだ。

1950年、広大なスタンフォード大学が保有する敷地内にインダストリアルパークが作られ、ハイテク企業の誘致が進めれれた。大学との産学研究がさかんに育まれていく。ハイテクパーク用の土地への工場誘致でなはく、大学の敷地内に企業がはいってきたのである。
ここではすべてがスタンフォードの広大なキャンパスの仲間という意識や連体感が生まれる。シリコンバレーでは人の流動が激しい。
しかし、彼等は会社が変わっても職種は変わらない。エンジニアはエンジニアとしてのキャリアをどんどん積み重ねていき、さらにいいポジションを獲得していく。つまり彼等のメンタリティーには、シリコンバレー株式会社の中の事業部をわたり歩いている程度の感覚か、もしくは大学の授業の単位を取得していくような感覚に近いのかもしれない。

・父親としてのショックレー研究所
1956年、東海岸のベル研究所でトランジスタを発明したウィリアム・ショックレーが故郷であるサンフランシスコの東の果樹園に戻り、ショックレー研究所を設立した。
実際にはふつうの家を改造しただけのここもガレージカンパニーだ。しかし、ショックレーを訪ねて、世界中から優秀な人材が果樹園に集まった。そこから孵化した頭脳が、ICを発明したロバート・ノイス&ゴードン・ムーア(後のインテルの創業者)、ジェリー・サンダース(AMD創業者)ユージン・クライナー(クライナー・パーキンス)、ドン・バレンタイン&ピエール・ラモンド(セコイア・キャピタル)らであった。
彼等は意見の対立から、ショックレー研究所をスピンアウトし、フェアチャイルド・セミコンダクター社を設立する。フェアチャイルド社は軍需ニーズの波に乗り、順調に伸びていくが、ニッチビジネスを見つけてスピンアウトしていくことを奨励した。その結果、アウトソーシング先となるカンパニーが無数に誕生した。それらは、フェアチャイルド社の子供として「フェアチルドレン」と呼ばれた。フェアチャイルド社は、半導体事業におけるビジネスインキュベータの機能を果たしていたのだ。

1970年代に入り、軍需需要とハイテク機器需要で、MPUメーカー、ハードディスクメーカー、研究所、PR会社、会計経理会社、ヘッドハンティング会社、そしてベンチャーキャピタルらがバレーで隆盛を誇る。シリコンバレーのビジネスのインキュベーターは、スタンフォード大学の大地に巻かれたショックレーの種子が見事に開花した結果と言えよう。1968年、フェアチルドレンの中からインテル社というMPUのベンチャーが誕生した。ノイスとムーアが自ら作った理想の会社だ。ムーアの法則と共に半導体業界の中で不動の地位を獲得していくのだ。

シリコンバレーの第一黄金期は半導体の時代として動いた。そして第二期はパーソナルコンピュータとネットワーキングの時代背景が起業を生んでいく。

■企業からのスピンアウトそして大学からのスピンアウトダウンサイジングとパーソナルコンピュータの第二期黄金期。

1976年、インテルのストックオプション制度で私財をなしたマイク・マークラがアップルで最初の投資家となった。シリコンバレーの特徴は技術をわかる投資家やキャピタルが多いことにある。また、IPO(店頭公開)を果たした時のストックオプションの売却益でベンチャーキャピタルに転身するビリオネイヤーも多い。米国のベンチャーキャピタルも広義でいうビジネスのインキュベーターである。50%以上の株をキャピタルが持ち、経営権にも口を出す。役員も選ぶ。CEOも連れてくる。日本のベンチャーキャピタルが経理面の相談をするのと違い、IPOへ向けてまっしぐらというパートナーシップである。有力なキャピタルがつけば、それだけで資金調達は次ぎから次へと集まる。サンドヒルというキャピタルリストの集まる坂道では、スーツ姿のキャピタルとベンチャーとのミーティングが連日行われている。

日本のベンチャーキャピタルとの大きな違いが、自らもスタートアップであったキャピタルが多いことだ。また、投資する分野のビジネス経験が豊富であることも違いとして考えられる。日本の大半が銀行か証券会社からベンチャーファンドが形成されているためか、ペーパーの業績にばかり目がいってしまい、事業的な可能性に対しての評価が低い部分が気になる。また、ネット系のキャピタリストがインターネットの進化や動向をキャッチアップできていないケースなどもよく見かける。
バレーのキャピタリストがベンチャーを見るポイントが3つあるといった。1に人。2に人。3に人だという。優れた起業家は並の事業計画でも成功させる。しかし、並の起業家は、優れた事業計画も成功させる事ができないからだ。起業家とベンチャーキャピタルはバレーでは一心同体のパートナーシップで成り立っている。

1982年に、スタンフォード・ユニバーシティー・ネットワークという名を持つワークステーション・ベンチャーが誕生する。サン・マイクロシステムズである。スコット・マクネリーというカリスマ性を持った経営者と天才的なエンジニアのビル・ジョイらのスタートアップだ。サンのパートナーは、ウェストコースト・ベンチャー・キャピタル、USベンチャー・パートナーズ、クライナー・パーキンスらが並ぶ。

ゼロックスのパロアルト研究所のジョン・ワーノック博士らは、マウンテンビューにアドビ・システムズ社を設立する。アドビのパートナーは、ハンブレヒト・クイスト。さらに、スタンフォード大学教授のジム・クラークが、学生と一緒にマウンテンビューでシリコングラフィックス社を設立する。パートナーはメイフィールド・ファンドだ。

1984年には、スタンフォード大学コンピュータサイエンス研究所のマネージャーのレオナルド・ボーサック夫婦は自宅のリビングルームからネットワーク機器会社、シスコ・システムズ社を起こす。シスコのパートナーは、セコイア・キャピタルである。

このように、IPOを果たして大企業になった企業の後ろ盾には必ずやベンチャーキャピタルがインキュベートしていることがわかる。資金調達のメインが銀行でないところが日本のベンチャーとの違いだろう。銀行からの融資のみでの起業ではなく、投資する側もリスクを負っている点が特徴だ。

「社長失格」書籍で知られるハイパーネットも銀行でなく、ベンチャーキャピタルの資金だったとしたら、2度でも3度でも負債を抱えることなく新たな事業にチャレンジできたことだろう。しかもシリコンバレーでは「失敗も経験のうち」と認める風土がある。

ベンチャービジネスにとって、インキュベータの存在は非常に大きい。ある時は大学での知識や人的ネットワークであったり、ある時はベンチャーキャピタルの資金やビジネス経験にノウハウ。そして最後に施設や場所・環境であったりする。場所的な要素の比重はビジネス・インキュベートに見る限り、優先度は下位である。しかし、日本のインキュベート施設のほとんどが、ハコ型の施設に総力が注がれる。家賃が安い。ネットワークがある。24時間使える。それだけで、ビジネス・インキュベートというのはかなりズレている。ネットワークがない、熱帯夜に近い日本で夜の7時でクーラーが切れるなんて施設は、ただのリアルエステート業者だといわざるをえない。

起業に必要な、資金調達、人材調達、人的ネットワーク、マネージメント、マーケティング、店頭公開準に渡る総合サービスを考えられないとビジネス・インキュベート・とはいいにくくなってきている。

それでは、次にいろんなタイプのインキュベーターを比較していってみたい。

■空洞化するマンハッタン――税制優遇政策で蘇ったデジタル産業

ハイテク・インキュベーター・ビルディングNYITC(ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジー・センター)
http://www.55broadst.com/

1980年代、アーティストやクリエイターたちは、観光地化して地価が高騰したグリニッジ・ヴィレッジを脱出し、見ばえの悪かった倉庫街であるソーホー地区に移ってきた。見ばえよりもテナント料金の安さと空間の広さを求めて移り住み、ソーホー地区は、文化的な雰囲気を醸し出し、一大ソーホーブームを生んだ。そして今やソーホーは、最新ファッション・デザインの発信拠点となり、高級ブティックが並び、5番街と風格は違えど、あまり大差のないほどの人気スポットになってしまった。もはや若手のクリエイターやアーティストはソーホーを拠点にできなくなってしまった。そして経済バブル以降、マンハッタンのテナントは、企業からもクリエイターからもそっぽを向かれてしまった。 1987年のブラックマンデー以降、ニューヨーク市マンハッタンは、世界の情報の中心地ではあるが、以前の勢いがなくなっていた。ことベンチャー育成に関しては、ニューヨーク市はさらに後進地域でもあった。高騰しきった不動産は、マンハッタンに本社を持つ企業でさえ、ニュージャージーやクイーンズの郊外へ流出させてしまった。さらに高い税金や光熱費、改善されない交通渋滞、そしてなくならない犯罪。ベンチャー企業にとって、マンハッタンは住みにくい場所になってしまっていた。

1995年、ニューヨーク州のジョージ・E・パターキ州知事が、大幅な税制優遇政策を打ち出した。また、ニューヨーク市のジュリアーニ市長のデジタル産業の支援計画「ロウアー・マンハンタン計画」などの助言もあり、大手不動産のルディン・マネージメント社は、1500万ドルを投じて55ブロードウェイ通りのニューヨーク証券取引所の斜め前の、元ドレクセル証券の33階建のビルの全面改装を決断した。このビルは長い間借り手がないまま放置されていたものだった。税制措置が変わったことを機会にニューヨーク市や地元企業とも協力し、マルチメディアベンチャーを対象としたハイテクが駆使されたビルを作り、これをベンチャーのインキュベータにしようとしたのである。

これが「ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンター(NYITC)」。このインキュベーターには予想以上の勢いでテナントが集まった。それもそのはず、賃貸料は周囲の通常のハイテクが何も装備されていないビルよりも、約5割近く安く、入居条件も3年間は50%オフ、4年目で33%、そして5 年目で17%という、インキュベート期間によって賃料のディスカウント率が変わっていくという、インキュベーション施設ならではの料金設定となった。

ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンターは、400席のホール、7つのセミナールーム。24,000平方フィートにわたり、広周波帯域のインターネット光ファイバー接続網、4×7インチの壁かけインタラクティブウオールビジョン、ビデオ会議システム、人工衛星アップリンク&ダウンリンク設備などが完備された。ニューヨークにおいて最高のマルチメディア環境を提供するというコンセプトどおりに、メディアリッチなハイテク環境が整備された。

ニューヨーク市もこの分野の産業育成に力を入れており、センターのテナントと企業には不動産税の減税やコマーシャル不動産の減税優遇策のほか、ニューヨーク市の「空きビル」条例の適用を受けて日々の光熱費を47%まで削減という恩典が受けられた。スポンサーには同市のほか、IBMやNYNEX、コン・エディソン、KPMGピートマーウィック会計事務所、コロンビア大学などが参加し、サポートを受けることができるようになった。現在、このビルにはNPO組織であるNYNMA(NEW YORK NEW MEDIA ASSOCIATION)や、CD now.com 、@NYなどのテナントがひしめきあっている。

■変わりゆくシリコンアレイ――パッケージからネットビジネスへ

55ブロードウェイ通りからウオール街にいたるマンハッタンの南地区は、いつしかシリコンバレーに呼応して、「シリコン・アレイ」と呼ばれて久しい。今やシリコンアレイのエリアは、拡大傾向にある。ニューヨーク市をあげてのマルチメディア企業の誘致は、民間企業のハードインフラ込みのテナント・ビル開発によってスタートを切ることができた。また、その近辺の倉庫街であったトライベッカ地区を中心とするダウンタウン地域にも自然とマルチメディアやインターネット関連ビジネスが集まりだした。当初、CD-ROMで優勢だった東海岸のベンチャーたちのビジネスは、その姿をいつしかインターネット上のWWWへとステージを変えていくことによって、時代の趨勢に対応してきた。もちろん、それはその時代の最先端ネットワークが、彼等の活躍の場をインターネットへと自然に導いていったのはいうまでもない。

現在、チェルシー地区では、インターネットサービスエクスチェンジ(IXP)と呼ばれるISPを束ねて、LAN上で結び、一つでもホップを減らし、快速に Webを見せるための巨大なハードディスクのストレージ施設が登場している。ビルの回線は標準の最低ランクがT-1で通常はT-3、上限はOC12などの超ド級の帯域を持ち、万一の停電のためのジェネレーターと空冷の音が工場のような音をあげて回り続けている。
amazon.comをライバル視するバーンズ・アンド・ノーブル(http://www.bn.com/)のような巨大な企業もネットワークインフラの快速性を求めて移動してくる時代になっている。

ルディン・マネージメント社のビル・ルディン社長は「NYITCのビルの賃貸料では利益は出せないが、長期的なスタンスでの投資を考えている。ダウンタウンの活性化には金融関係以外の産業の参加が不可欠であり、21世紀に向けての最新設備が整った当ビルを中心にハイテク産業が発展することを期待したい」と語る。

マルチメディアビジネスは映像、音楽、出版、広告など多種多様な要素の複合コンテンツ。シリコンバレーは、どちらかというと、テクノロジー・オリエンテッドな風土があり、斬新なテクノロジーやソフトウェアが広大な土地の中から生産された。しかし、マンハッタンのシリコンアレイは工場などを持てない狭い地域。まさにアレイ(小道)なのである。アーティストとソフトウェアエンジニアが一緒に手を組むことで、これまでにないコンテンツを生み出してきている。また、マンハッタンには出版や広告・放送の世界の窓口が集まっているだけにインターネットにおいてもアクティブな仕事が継続して発生し情報が主産物という構図が成り立っている。

インキュベーション期間を終え、ニューヨーク・インフォメーション・テクノロジーセンター(NYITC)から巣立つベンチャーがどれだけいるのかが、このプロジェクトの成果を今後は、あらわしていくことだろう。オフィス賃貸料や電気代などイニシャルコストは、マンハッタンは、今でも全米最高水準。ベンチャーが独り立ちした途端、高コストから郊外に逃げ出す可能性もありうることだろう。しかし、確実にニューヨークのデジタル情報産業は根づいている事は世界的にも認められている。

■インターネットビジネス界のエジソンとなるのか?――ビル・グロスのビジネス・インキュベート錬金術

ロサンゼルスから車で20分の郊外にあるパサデナ市。カリフォルニア工科大学(CALTEC)のある学生街でもある。ビル・グロスのベンチャーデビューはかなり早かった。若干12才であり、ポピュラーサイエンス誌に掲載された太陽光を電気に変換するキットが始めての商品であり、これがまた大ヒット商品となる。CALTECを卒業し、1984年にロータス123のプログラム支援ソフト会社GNP社を起こした。そして2年後にはそれをロータス社に売却。 1994年には教育用CD-ROMソフト会社ナレッッジ・アドベンチャー社を起こし、1996年には1億ドルでCUC ・インターナショナルに売却したという。起こしては売りというまさにベンチャーのアイデア商人であった。そして今度はその才能を一番生かせる会社をはじめた。
それが「アイデア・ラボ(http://www.idealab.com/)」だ。

「アイデアラボ」は、インターネットにだけフォーカスを絞りこんだアイデアを具現化するための会社である。設立は1996年3月だ。
1998年にはアイデアラボ・キャピタル・パートナーズ(http://www.icp.com/)を設立し、第1ラウンドでの調達資金は総額で1億5百万ドル以上にも及び、その結果、25もの新規インターネット・ビジネスに投資した実績をもつ。この投資先には、GoTo.com (GOTO),eToys (ETYS), MP3.com (MPPP), などのIPO組みがいる。そして第2ラウンドは今年の8月に、3億5000万ドル以上を調達してしまった。

たったの3年である。パサデナ本社は、隣の韓国料理屋よりも狭いたたずまいのオフィスであるが、続々とIPO(店頭公開)する企業が後を絶たない。ビル・グロスの比類まれなネット・ビジネスのアイデアにはベンチャーキャピタルの資金も次ぎから次ぎへと吸い寄せられてくる。まさにインキュベート錬金術ともいえるほどだ。

アイデア・ラボの強さの秘けつは、「スーパープログラマーにある」という。「15名ものスタープログラマーが日夜、思いもよらないインターネットのプログラムを書いてくれる。また、アイデアをより具現化するために、見事にフィットしたプログラムを書いてくれるからだ」とグロスは言う。さらにネットビジネスが、コンテンツでのビジネスとテクノロジーのツールを提供するビジネスとにうまく分散されているのも特徴だ。どちらの分野も系列会社がしっかりと押さえているのだ。

また、インキュベート企業もすべて物理的に軒をつらねている訳ではないが、可能な限り、オフィスの経費から経理関連の書類は一括で管理できるポートフォリオ会社をもマネージメントしているところも注目したい。求人に関しても、ポジションをきめれば、同時にアイデアラボのサイトで常に募集をかけている。アイデアラボのベンチャー企業は、そういった余計な雑用を気にせずに短期でのIPOを目指し、一気にかけぬけるのである。資金は潤沢にあり、公開のタイミングもすべて熟知している。またストックオプションによって、公開後にはキャピタルゲインという特別な魅力もついており、彼らのモチベーションを高めている。

PRやマーケティングも一括でアイデアラボが管理できる点も、短距離走にはとても好都合な条件だ。今や一挙一動が注目されている人物であるだけに、好条件がそろう。今月、アイデア・ラボはシリコンバレーの心臓部のサニーベールにも進出するということを発表した。

ヤフーとマイクロソフトの合弁会社、「カーポイント」に数億円で「ネットディーラーズ」を売却したネットエイジ社の西川氏も、アイデア・ラボのビジネスモデルを絶賛し、アイデアラボに続けと後続のポジションを狙っている。

アイデアラボは、今までにないソフトコンテンツ型のインキュベーション事業を成立させた最初のネットベンチャーだ。続々とIPOをさせるという明確な形でビジネスを推進している。アイデアのあるベンチャーと、それを支援するインキュベーターが、株式公開まで付き合うという、従来のベンチャーキャピタルに多いパターンとは違う形体が生まれ出してきているのも事実だ。

ハード設備を重視してきた日本のインキュベート施設とは意味がまったく違う。ハード重視の姿勢には、不景気時代の空きビル対策といった、本末転倒ともいえる思惑なのかもしれない。アイデア先行の時代には、広々としたフロアも豪華なキューブもまったく不要だ。ましてや高価なハード機器は、インターネットベンチャーには無用の長物となりつつあるであろう。

最後にアイデアラボの事業を簡単に紹介しておこう。

■アイデアラボがインキュベートする企業郡。

CarsDirect.com
http://www.carsdirect.com/
CEO スコット・ぺインター
消費者がイニシアティブをとりながら、Webで新車を購入できるサイト。
Cooking.com
http://www.cooking.com/
CEO デビッド・フーデス
料理をする人々のためのクッキングポータルサイト
eToys
http://www.etoys.com/
CEO トビー・レンク
おもちゃ、ソフトウェア、ビデオゲーム、音楽、ビデオとベビープロダクトのポータルサイト。
1999年5月 IPO 。NASDAQ:ETYSS
eve.com
http://www.eve.com/
CEO マリアム・ナフィシー&バーシャ・ロー
女性向きの総合コスメティクス販売のポータルサイト。
MyHome.com
http://www.myhome.com/
CEO スティーブ・ジェニングス
デザイン重視の家庭用小物の専門ショップ。
PETsMART.com
http://www.petsmart.com/
CEO トム・マクガヴァン
総合ペット用品のポータルサイト。
Tickets.com
http://www.tickets.com/
CEO トム・ギンプル
ありとあらゆるチケットが入手できるポータルサイト。チケットオークションなどもある。
utility.com
http://www.utility.com/
CEO クリス・キング
登録することによって電気代が10%から25%まで安くなるというインターネットならではのディスカウントプライス適用の代行サイト。
WeddingChannel.com
http://www.weddingchannel.com/
CEO ティム・グレイ
「結婚」をテーマに旅行から引き出物までドレスまで何でもそろうポータルサイト
HomePage.com
http://www.homepage.com/
CEO ビル・グロス
10メガまでのディスクスペースを使える。あなたの名前+homepage.comのサイト。
iExchange.com
http://www.iexchange.com/
CEO デイビッド・アイズナー
この10月より新しく登場する投資家のための金融ニュースサイト。今は1万ドルが当たるキャンペーンをおこなっている。チャットルームとメッセージボードなどがある。
KidsOnLine
http://www.kidsonline.com/
CEO スティーヴ・ダムロン
親が安心して遊ばせることのできる子供のためのサイト。ネットワーク対応のクロスワードパズルなどが用意されている。
firstlook.com
http://www.firstlook.com/
CEO ランド・ブライマイスター
Realplyaerで音楽を視聴でき、広告を付加することができる音楽サイト。チャートによって広告料金が変わるところがユニーク。
SmartGames
http://www.smartgames.com/
CEOゲーリー・ウォード
インターネットとCD-ROMを使用するゲームサイト。パズルなどが豊富。
Ticketmaster Online-CitySearch
http://www.citysearch.com/
CEO チャールズ・コン
ローカルなエンターテインメント情報を掲載。全米の各都市のバージョンが追加されていく。1998年12月のIPO 、NASDAQ:TMCS
Centra
http://www.centra.com/
CEO レオン・ナビッカス
ライブビジネスソリューションソフトウェア「Centra 99」のサイト。
eCall
http://www.ecall.net/
CEO ハーブ・ズィドニー
インターネットを活用した音声コミュニケーションサービスサイト。
EntryPoint
http://www.entrypoint.com/
CEO ラリー・グロス
総合アクセスツールバナーソフト。PointCast を買収したことによって、バナーにニュースが搭載された。eWalletなどの電子通貨機能をもそろえる。
Free-PC
http://www.free-pc.com/
CEO ドン・ラ・ヴァン
idea-labの中でも最も著明な企業。個人情報とひきかえに無料でPCをプレゼントをはじめた世界で最初のサービス。
GoTo.com
http://www.goto.com/
CEO ジェフリー・ブリュワー
検索結果の表示に対価を求めるサイト。市場原理によって、検索結果にはより広告代金を支払ったサイトから優先に表示される。
1996年6月IPO NASDAQ:GOTO
Intranets.com
http://www.intranets.com/
CEOスティーブ・クラメイ
フリーで提供されるイントラネット用ツール。カスタマイズなどが可能。
jobs.com
http://www.jobs.com/
CEOティム・アームズ
求人する会社と求職者を履歴書銀行が仲介するというビジネスモデル。
NetZero
http://www.netzero.com/
CEO マーク・ゴールドスタン
広告付き専用ブラウザによってインターネットが無料になるシステムを提供。
OpenSales
http://www.opensales.com/
CEOミカエル・クラウス
Linuxベースで利用できるEコマースツールを提供し、エンドユーザーと小売り業にとってのビジネスをより刺激するツールを開発している。シリコンバレーに進出した。
PayMyBills.com
http://www.paymybills.com/
CEOジョン・テデスコ
支払いと支払いのために要する確認作業をすべてWebから可能にしたサービス。
PeopleLink
http://www.peoplelink.com/
CEOスティーブ・グレン
テーマごとに別れたコミュニティサイトに総合コミュニケーションツールを提供する。
Shipper.com
http://www.shipper.com/
CEO アレックス・ネズビット
即日配達を可能にする日本では当たり前のサービスだが、アメリカでは珍しい。提携する電子通販の付加価値をあげている。

2012年5 月27日 (日曜日)

鉄板焼きステーキ あずま 東京 神宮前3-27-17 ティーズビル2F 上フィレステーキランチ

 

関連ランキング:ステーキ | 明治神宮前駅原宿駅表参道駅

The Shareのシェアメイト  Yちゃんとお昼に ご一緒。

本格的なステーキ屋さんは、なかなか初めての一見では入りにくいが、お昼のランチタイムはそんなお店ほど攻略したくなる。

ランチもついつい1人とならばステーキとはいかないけれど、今日はちょっと特別な日…。

The Shareの真裏の路地をはいって ティーズビルを2Fへ上がる。 上のBARにもたまにいったことがある…。いつも酔っ払っていて記憶がすくなかったけど…。

目の前に鉄板焼きの「鉄板」が広がる。 38mmの鉄板だそうだ

外光の入るお昼間なので、昼間の雰囲気的にはそれほどでもないが、銘醸ワインのお品書きが普通に貼ってるのがとっても気になる。「夜は高いですよ」感が漂っている…。

お昼メニューはステーキ定食が1,600円から、ヒレステーキは2,000円  松竹梅あると日本人はどうしても「竹」を選びたがる。ボクも今回はヒレをチョイス!

ほたてのウニソース2,000円は、ステーキを目的に食べに来た人はチョイスが難しい。だけど、今度はほたてのウニソースにもチャレンジしてみたい。

味の違いは部位の違いと、シェフ帽をかぶったシェフに確認。 夜のお肉とちがったお肉だから、お安く提供できるそうだ。ますます夜に期待。

ふたりとも、「竹」のヒレステーキをチョイス。しかもレアで。 お肉はレアに限る!

ニンニクもたっぷりお願いし、空腹のお腹にニンニクスライスの香りが刺激される。

ステーキは、ステーキナイフで一口サイズでカット。ソースを使わずに、塩コショウでいただく。

やわらかい!  ランチステーキというと、安いけれど、固いというのが鉄板だけど、このお店は、ある程度の1,000円ランチ層とは、価格的差別化されているので、昼間でもゆっくりと美味しくいただける。

ウン、お昼でこの価格で、しかも、しっかりステーキを、ごはんのお茶碗でいただけるのは嬉しい。

1,600円ステーキと2,000円ヒレステーキは、2人だと食べ比べてもよかったかも。

また、来たいと思います。

鉄板焼きステーキ あずま
東京都渋谷区神宮前 3-27-17 ティーズビル 2F
03-3497-1373 

http://www.steak-azuma.com/index.html

 

ランチメニューはこちら

http://www.steak-azuma.com/lunch.html

東京都渋谷区神宮前 3-27-17 ティーズビル 2F

 

 

 

       

2012年5 月23日 (水曜日)

リアルで25ドル使うと、ゲームで50ドルもらえる…Zyngaとアメリカンエクスプレス、新プログラム「Zynga Serve Rewards」を発表 - CNET Japan

ZyngaとAmerican Expressは、現実世界とバーチャルな世界の取引を組み合わせる計画を考え出した。

 両社は米国時間5月22日、「Zynga Serve Rewards」というプログラムを発表した。同プログラムでは、「FarmVille」のプレーヤーがAmerican Expressのプリペイドカードで買い物をすると、「Farm Cash」のリワードを得ることができる。

 このプログラムを利用するためには、ユーザーはいくつかの手順を踏む必要がある。まず最初に、FarmVilleのプレーヤーは自身の農場に「Serve Money Tree」を植える。その後、Zynga Serve Rewardsに登録すれば、郵送でプリペイドカードが送られてくる。カードに入金し、カードを有効化すれば、American Expressが利用可能なところでどこでも買い物ができるようになる。

 現在「Serve」のカードを持っているユーザーは、最初5回分の25ドル以上の買い物について、ZyngaのFarm Cashのリワードを50ポイントずつ獲得する。今後、両社は、Farm Cashのリワード提供を全ての買い物に拡大したいと考えている。また、ユーザーはServeのアカウントにサインアップし、カードを有効化し、木を収穫することでも、Farm Cashを稼ぐことができる。

via japan.cnet.com

リアルでアメックスを25ドル使うと、ゲームで50ドルもらえるというユニークなサービス。

これは、まさにセカンドライフのように、ゲームマネー相場の方がリアルマネーよりも自由度が高いから、インフレを起こして、リアルマネーよりもゲームマネーでエクスチェンジしたほうが、手数料フリーの世界がやってくると予測!

電子書籍の「自炊」代行訴訟、作家側が「実質勝訴」



それは、困る!今のうちに、大量に発注しておかなければ!とても自炊なんて、スキャナでやっていたら、他のことができないし、大量の本の屍と対峙もしたくない。なんだか、肉を自室で屠殺したくないです。

Sent with MobileRSS for iPhone

iPhoneから送信

電子書籍の「自炊」代行訴訟、作家側が「実質勝訴」

 

「書籍を裁断・スキャンして電子化する『自炊』の代行は違法」として代行業者2社に差し止めを求めていた作家・漫画家ら7人は22日、うち1社について「業者の解散が確認できたため実質的な勝訴が決まった」として、訴訟を取り下げると発表した。

発表によると、この業者は1月末でスキャン事業を廃止すると述べ、今月15日に会社の解散を登記した。もう1社は既に原告の請求を認め、代行業務をやめると明らかにしていた。

浅田次郎さん、林真理子さんら原告7人は「実質的勝訴は当然の結果と受け止めている。スキャン事業の皆さんには、著者の許諾なく大量スキャン事業はおこなえないという訴訟の結果をご理解いただき、善処をお願いします」とコメントを出した。

 

2012年5 月22日 (火曜日)

福島県の人口動態調査データですごいことが起きているみたい「子どもの病死者数が増加」

福島県の人口動態調査データですごいことが起きているみたい。

「子どもの病死者数が増加」している。

これが原子力の影響だとすると、もっと話題にならないとおかしいぞ!

甲状腺の異常は、「ただちに健康を害するものではない」の枝野官房長官時代の言葉を借りて伝えたい。

このあたりの情報は、もうすこしわかりやすく分析してほしい…。

政府統計の総合窓口・人口動態調査
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001084282

エクセルデータとかでなく、 分析したデータを共有できるSNSにして欲しい。
すると、もっといろんな分析について確認することができたり、情報を精査することができるだろう。

以下はfacebookからKen Nakayamaさんからの引用

 

「政府統計の総合窓口・人口動態調査」から、平成22・23年の「月報(既報)・月次」各月の、「(保管表)死亡数,性・年齢(5歳階級)・死因簡単分類・都道府県(20大都市再掲)別」にある福島県データを用いて作成しました。

7月以降の病死者数に大きな変化が現れています。
通常、病死者は冬春に多く、夏秋は少ない傾向が全国的にあります。これは大人も子どもも同じです。
しかし、2011年は夏秋の病死者数が多く、ほぼ直線的に累計数が増加しています。
もしもこの傾向が2012年も続いた場合は、“統計上の有意差”となりうるほどのハイペースで、子どもの病死者数が増加したことが分かりました。このような現象が起こることはとても稀なことで、全国でも僅かしかありません。宮城県や岩手県では起こっていないことです。
昨年の夏以降に、福島の子どもたちの体に異変が起こっている可能性を疑わざるを得ません。
(こどもたちを放射能から守る会・福島より)


https://www.facebook.com/photo.php?fbid=316996735041125&set=a.159245860816214.40460.100001924035179&type=1

 

「福島県の子ども」の病死者数について-政府・人口動態統計から分かった事故後の変化-中手聖一 2012/5/14 事故から 1 年以上経ってしまいましたが、行政府は放射能汚染による健康影響状況を解明する努力を怠ったままです。国は福島県内の「患者調査」(※1)を除外し、県の「健康管理調査」は、リスクを小児甲状腺ガンだけと決め付けて行われています。被害を未然防止する対策を十分とらないまま、「この程度なら被害は出ない」という“放射能安全神話”を振りまいて、子どもたちをなしくずしに“日常”に引き戻そうとしているように思えます。一方でインターネットなどを通して、「高校生の急死」や「甲状腺のう胞の異常」、「福島県の死亡者増」等の情報も流れ、既に被害が出ているのではないかとの心配も募ります。このレポートでは、政府が集計公表している人口動態統計から、福島の子どもたちの病死者数の変化についてご報告します。動態統計は、市町村に届けが出された出生や死亡などの情報を集計したもので、月次データは 2011 年 11 月分まで公表されています。震災・原発事故後も、一部のデータ(※2)を除いて信頼できるものと判断しました。(※1)患者調査医療行政の基礎資料として、病院等を利用する患者の傷病状況を、3年に1回、全国一斉に調査する。昨年が実施年で、福島県も行われたなら、3 年前との変化や、他都道府県にはない異変があった場合は発見できたものと思われる。(※2)一部のデータ不慮の事故や胎児・新生児・0歳児のデータの一部。以下のグラフは、「政府統計の総合窓口・人口動態調査(下のURL)」から、平成 22・23 年の「月報(既報)・月次」各月の、「(保管表)死亡数,性・年齢(5歳階級)・死因簡単分類・都道府県(20大都市再掲)別」にある福島県データを用いて作成しました。他の都道府県データや平成 21 年以前の「年次」データも、必要に応じ参照して比較検討しました。http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001028897○子どもの病死者総数の前年比較1~19歳の福島県の子どもの病死者総数について、事故後の2011 年3~11月を 2010 年同時期と比較したのが右図です。1.5倍に増加していますが、子どもの病死はもともと少なく、“異変”と判断するには絶対数が少なすぎます。過去の統計や他の都道府県でも同様の変化は少なからずあることです。そこで、月ごとの推移を調べたのが次のグラフです。○病死者数の推移7月以降の病死者数に大きな変化が現れています。通常、病死者は冬春に多く、夏秋は少ない傾向が全国的にあります。これは大人も子どもも同じです。しかし、2011 年は夏秋の病死者数が多く、ほぼ直線的に累計数が増加しています。もしもこの傾向が2012年も続いた場合は、“統計上の有意差”となりうるほどのハイペースで、子どもの病死者数が増加したことが分かりました。このような現象が起こることはとても稀なことで、全国でも僅かしかありません。宮城県や岩手県では起こっていないことです。昨年の夏以降に、福島の子どもたちの体に異変が起こっている可能性を疑わざるを得ません。○死因ごとの病死者数亡くなった子どもたちの数を、死因別にまとめたものが、右のグラフです。「心疾患」による死亡数が2倍に増えています(先天性の心臓障がいを患っていた子どもが、心疾患でなくなった場合も含まれます)。これも他の被災県にはないことです。「感染症」「癌・白血病」「肺炎」も増えています。このグラフは参考程度にしかならないものですが、昨夏からの増加と考え合わせ、ご報告することにしました。子どもの病死者数が、昨年の夏以降に増えたことは紛れもない事実です。今回は割愛しましたが、病死者の増加は 10 代後半が最も多かったことも分かりました。この異変が続き、何年も後に放射能汚染との因果関係が証明されても、亡くなった命は帰って来ません。公害の健康被害では、死亡した子どもの後ろに、病気や体調不良のたくさんの子どもたちがいます。放射能被害を少しでも未然に防ぐための行動をとることが、私たち大人の役目だと思います。保養と移住、防護策など出来ることは何でも行い、また国が約束している「患者調査の代替調査」の早期実施を改めて求めていく必要があると考えます。

http://dl.dropbox.com/u/17135518/nakate.pdf

大丈夫ウチも初日は雨だった by 東京タワー 1958年12月23日 2012年05月22日東京スカイツリーオープン

オレは母から不正受給。オレの母は不正受給。

どっちの料理ショー!

“野田vs小沢”会談、来週にも設定!“小沢切り”の序章か - 政治・社会 - ZAKZAK

“野田vs小沢”会談、来週にも設定!“小沢切り”の序章か - 政治・社会 - ZAKZAK.
民主党の小沢一郎元代表は22日午前、輿石東幹事長と国会内で会談した。輿石氏は会談後、小沢氏に野田佳彦首相との会談を要請し、小沢氏が受諾したことを明らかにした。野田首相が「小沢切り」に踏み込むのか、手打ちをするのか。注目の、野田-小沢会談は来週になる見通しだ。

同じ民主党内でありながら、来週の火曜日でないとミーティングが設定できないなんて、G8よりもセッティングが難しいみたいだ(笑)。
呆れ返ってしまった…。

同じ与党なんだから、ドアをノックして「ちょっと、今いい?」ではダメなのか?
幹事長が、お見合いを仲介しなければ話もできないなんて、総理のスケジュールはすべて見えているんだから、ちょっと5分くらい押し込めるはずだ。

何よりも、この、民主党という与党が、いろんな考え方の議員の寄せ集め集団であることを小沢陣営がアピールしたいとしか思えない。

もしくは、小沢陣営が離党するためのパフォーマンスなのか?

こんなパフォーマンスで新党作ったり、どこかと合併する政局にも、もうウンザリするばかりだ。なぜ、こんなにも政治家は無駄な時間の使い方をするんだろう。

むしろ、真剣にミーティングをするために、根回しする時間がかかっているとするならば、さらに情けない話だ。

このどうしようもない状態を切り抜けるためには…

日本で若者のクーデターが起きていると、海外のネットメディアに、広場に集まる合成写真をバラまいてみてはどうだろうか?

坂本竜馬や、チェ・ゲバラが今、日本にいたら、革命が起きてもおかしくないだろう。226事件みたいなことが起きないと政治家のスピードは上がらない。

政治家が、慌てるぐらいの国民が自己表現してもいいのでは?

「国民の皆様」が「総選挙」でとかの美辞麗句ではなく、自分の国のことを国民がもっと知る権利があると思う。

本当に民主化されているのかと思う今日この頃だ。









核燃料に触れた1日140トン(毎時6トン)もの汚染水はどこへ消えるのか?東京新聞

 

東京新聞 2012年5月22日 朝刊

東京電力福島第一原発1号機には毎時六トン前後の冷却水が注入されているのに、格納容器内の水位はわずか四十センチほどしかない可能性が、原子力安全基盤機構(JNES)の解析で分かった。2号機の水位は約六十センチしかないことが実測で判明しており、格納容器損傷の深刻さをあらためてうかがわせた。

 

via www.tokyo-np.co.jp


これは淡々として、きわめて客観的な記事であるが、主観的に読まなければならない記事である。

毎時6トン、つまり1日140トンもの核燃料に触れた汚染水はどこへ消えているのだろうか?

憶測で書きたくはないが、汚染処理された水も漏洩した水も一体どこへ?

タービン建屋の地下に流れた水の行方はどこだ?

すべての水は、海へと帰る…。

残念ながら、海は人工的に創った放射能を自然に分解してくれる機能を持ちあわせていなかった。

海で生活しているプランクトン、それを食べる魚、それを食べる人間。

蒸発する海水。海水はやがて雲となり、雨となり、地球上に降りかかる。その雨で農作物は作られる。

地球が空気の層で、宇宙に覆われている以上、1日140トン、年間にして5万1100トンもの冷却水は、どこにも消えはしないのだ。

1日140トンといえば、象でいうと46頭分だ。シロナガスクジラなら1頭分の水だ。

この新聞の記事は、きっとそういう事を主観的に伝えたかったのではないだろうか?

原子力安全基盤機構(JNES)の発表は、結果のレポートだけでなく、それがどういうことを意味するのかまでも発表しなければならない。

バベルの塔の話を思い出した。

電力を使う生活に放蕩しつくした人類のシンボルである「原子力の塔」は、神の怒りに触れてしまったのかもしれない。

自分で自分のお尻を拭けないモノが、それをあつかう資格など無いことを知らせてくれている。

1884年に生まれた蒸気タービンが電気を作る128年前まで、誰も電力を使った生活をしたことがなかったことを考えてみてほしい。

人類と電気の生活は、たかが128年なのだ。

我々の祖先は、何千年にも渡り、電気の力を借りずに生きてきた。

人類は、発電のタービンを回すために、数万年にもわたって蓄えてきた地球の貯金である化石燃料を、この百年間で消耗しようとしていた。そこで登場したのが原子力だ。

1951年12月20日午後1時50分に米国のEBR-I(Experimental Breeder Reactor No.1)で生まれた原子力発電は、200Wの電球を4個灯しただけだった。

化石燃料の代替エネルギーとして、世界に広がったが、原子力発電は、現在61歳になって社会に、地球に大迷惑をかけてしまった。

電気に頼らなくても生きていけるアイデアや生活スタイルも、代替エネルギーを模索する以上に重要だと思う。

 

 

京電力福島第一原発1号機には毎時六トン前後の冷却水が注入されているのに、格納容器内の水位はわずか四十センチほどしかない可能性が、原子力安全基盤機構(JNES)の解析で分かった。2号機の水位は約六十センチしかないことが実測で判明しており、格納容器損傷の深刻さをあらためてうかがわせた。

解析は、注水量や格納容器への窒素の注入量と、格納容器内の圧力変化の関係を調べ、どこにどれくらいの損傷があれば、変化をうまく説明できるか探る手法を使った。

その結果、格納容器本体と下部の圧力抑制室をつなぐ配管周辺に直径数センチの穴が開いている▽穴の場所は、格納容器のコンクリート床面から約四十センチの高さで、穴から大量に水が漏れ、水はそれより上にはない-との結論になった。

漏れた水は、原子炉建屋地下に流れた後、配管やケーブルなどを通す穴を通じ、隣接するタービン建屋地下に流れ込んでいるとみられている。東電は1号機の格納容器の水位は約一・八メートルあると推定しているが、それより大幅に低い。

格納容器の厚みは三センチほどあるが、穴があるとみられる配管(直径一・七五メートル)の厚みは七・五ミリと四分の一程度しかない。専門家からは、配管は構造的に弱いとの指摘が出ていた。

溶け落ちた核燃料が完全に水に漬かっていないことも懸念されるが、JNESの担当者は「格納容器内の温度は三〇度程度と高くはない。水に漬かって冷やされているとみられる」と指摘する。

廃炉を実現するためには、格納容器の損傷部を補修し、圧力容器ごと水没させる水棺にすることが必要。担当者は「解析結果は損傷部の特定に役立つ。今後はカメラによる実測も検討しなければならない」と話した。

 

 

 

  

2012年5 月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォトアルバム

Ad

オンライン

Delicious Facebook Flickr FriendFeed LinkedIn MSN Messenger Skype TwitPic Twitter
ブログ powered by TypePad
登録年月 09/2003
Blog Widget by LinkWithin

Google

  • google analytics

Trackfeed